1、調査委員会の調査の基本原理
政治、軍事、警察、科学技術などの分野で職業的専門家たちが行う職務に関する不正行為の摘発は1通の匿名の通報から始まることが多い。 科学研究の倫理違反、研究不正も同様だ。
例えば、新聞記事(朝日、日経)にもなった、2016年6月、北海道公立大学法人札幌医科大学に届いた「倫理指針違反の研究が実施された」という匿名の手紙が端緒となって、倫理違反の研究の調査が始まった事例。この時、大学は調査委員会を設置し、通報の研究以外にも150件の研究も含めて調査を実施し、調査結果と再発防止策に関する報告書を作成、公表した。
この事例のように、倫理違反、研究不正の調査は告発者の告発が端緒となってスタートすることが多いが、しかし、どこまで倫理違反、研究不正の調査をするかという調査の範囲まで告発者の告発が決定する訳ではない。調査委員会は、告発者の告発を手がかりにして、委員会独自の観点から倫理違反、研究不正に関する問題点を吟味し、そのような吟味の過程で、問題点の解明が、告発者が指摘する問題以外の問題にまで及ぶこと、或いは当該告発の対象となった研究にとどまらず、被告発者の関連する研究に及ぶこと、さらには被告発者と同一の研究施設に従事する他の研究者の研究にまで及ぶことがあるのは、上記の札幌医科大学の事例が示している。
すなわち、調査委員会の調査において、「告発者の告発は端緒にすぎず、調査範囲を決定しない。調査範囲は調査の過程で明らかになるかもしれない倫理違反、研究不正の真相解明に向けて全力を尽くした結果、自ずと決まる」。これが調査委員会の調査における基本原理である。
2、医大の調査
しかし、公表された医大の調査結果(概要)によると、最初のほうの、
3、告発内容
で、告発者が告発したとされる論点を列挙し、 次に、
6、調査結果
で、告発者が告発したとされる論点について1つ1つ検討して、そこから、
7、結論
を引き出した。
これは「どこまで倫理違反、研究不正の調査をするかという調査の範囲は告発者の告発が決定する」という立場である。弁護士にとってはお馴染みの、民事裁判の基本原則である処分権主義や弁論主義(当事者が申し立てた事項だけ判断すれば足り、当事者が申し立ていない事項については判断しない)を調査委員会の調査に持ち込んだものである。
しかし、これは1で述べた「告発者の告発は端緒にすぎず、調査範囲を決定しない。調査範囲は調査の過程で明らかになるかもしれない倫理違反、研究不正の真相解明に向けて全力を尽くした結果、自ずと決まる」という調査委員会の調査における基本原理から明らかに逸脱したもので、間違いというほかない。
もし、医大の調査委員会が調査における基本原理通り、告発者の告発内容を手がかりにして、委員会独自の観点から倫理違反、研究不正に関する問題点を吟味、追及していったなら、宮崎早野論文には告発者が指摘する告発内容以外にも様々な重大な問題点(例えば宮崎早野論文に使われた伊達市民の個人被ばく線量データが宮崎早野に提供された時期は実は2015年8月より半年も早い2月だったこと、宮崎早野第1論文の統計解析の方法については「研究論文の体裁」をなしていないほど初歩的な研究不正が認められる)があることが判明したはずである。
しかし、調査委員会は調査における基本原理を民事裁判のそれと同一視するという誤りをおかし、告発者が申し立てていない論点については調査しなくてよいというスタンスに陥り、その結果、真相解明からほど遠い薄っぺらの不徹底な調査となってしまった。
3、結論
以上のとおり、調査における基本原理を誤ったという意味で、医大の調査結果は破棄を免れず、上述の正しい基本原理に立ち返った再調査が不可避である。
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