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2021年10月11日月曜日

【第77話】10.8世界の常識(国際人権法)でもって日本の非常識(避難者追出し)を裁く「避難者追出し訴訟」第3回口頭弁論の報告(2021.10.11)

10月8日(金)午後3時、福島地裁で、避難者追出し訴訟の第3回口頭弁論を行いました(避難者追出し訴訟の概要は->こちら)。

次回第4回口頭弁論は12月3日(金)午後3時(当初の11月29日は裁判所の都合により変更)。


◆
裁判開始前の駅前宣伝活動・集会

 裁判開始に先立ち、福島駅東口で本日の裁判のチラシを配布し、2時から裁判所前で集会を行いました。以下、本日の裁判のチラシと駅前配布・裁判所前集会の写真と動画です。

                      福島駅東口でのチラシ配布
                      
                      裁判前の裁判所前での集会

 
◆法廷

1、原告福島県
 原告福島県より、国際人権法について被告が主張した準備書面(2)に対する認否反論をした準備書面(1)を提出(その全文のPDF->こちら)。
 しかし、その中身は、被告が44頁を費やして全面展開した国際人権法の主張に対し、この日の福島県の反論はわずか1頁。その軽さだけでも、被告の生存を賭けた国際人権法の主張を、福島県がどのように受け止めているか、一目瞭然。


 そこで、被告より、福島県の準備書面(1)では被告の全面的な国際人権法の主張に対して、何が具体的な争点なのかさっぱり明らかにならない、具体的な争点が明らかになるように認否反論をやり直すべきであると主張。もともと福島県は行政庁として、己の行政作用(本件では明渡請求)を法の根拠に基づいて実施するものであり(行政の法律適合性)、あらかじめ己の行政作用が法の根拠に基づくものか吟味検討をした上で実施しているはずであるから、もしその行政作用によって不利益を被る市民から「法の根拠」について疑義が出された場合(本件なら、国際人権法に基づけば、明渡請求には理由がないと異議を申立てた)には、その「法の根拠」について、異議申立てをした市民に説明する責任がある。それが、今回、本来福島県が行うべき認否反論。このような説明責任の観点から、福島県の認否反論のやり直しを求めた準備書面(5)を提出(その詳細は->こちら)。

2、被告避難者
(1)、2021年9月29日付の反訴状提出
(その詳細は->こちら)。
 被告避難者は福島県が住宅無償提供を打ち切った2017年4月以降も、避難した建物に国際人権法に基づき居住する権利が認められているにも関わらず、原告福島県は、
第1に、被告をあたかも不法占拠者であるかのように考え、追出しに関するさまざまな嫌がらせによる不法行為に出た、
第2に、福島原発事故により被告が余儀なくされた窮状に即して居住の確保について実質的平等の扱いをせず、法の下の平等に反する違憲行為に出て、被告を救済しようとしなかった。
その結果、被告は筆舌に尽くし難い苦しみを味わった。この重大な精神的な苦痛を与えたことに対し、福島県は被告に謝罪し、賠償する責任があると主張したもの。

(2)、10月7日付の準備書面(4)
(その詳細は->こちら)
 原告福島県の明渡請求には理由がない、これについて被告避難者の予備的な主張して「権利濫用に該当する」の概要を述べた準備書面(4)を提出。
 この書面の中で、被告避難者は、権利濫用を基礎付ける事由の1つとして、
「本来実行すべき事項の実行を怠ったこと」を挙げ、その具体的事実として、
①.被告避難者が住む建物の利用関係を終了させることは、避難者が路頭に迷いかねない、生存の危機に直結する重大問題であった。そのような重大な事態に相応しく福島県には行政庁として最大限の誠実な対応が求められ、その代表的なものが「長期入居が可能な適切な代替住宅の誠実な提供」であった。しかし、福島県は、このような代替住宅の誠実な提供を何一つしてこなかった。
そればかりか、権利濫用を基礎づけるより抜本的な事由として、
②.「避難者が有する生活再建権という権利を国も福島県も全く保障しなかった」という問題があった。すなわち、
被告避難者が住む建物の利用関係の終了により避難者が路頭に迷いかねない生存の危機に追い込まれる最大の理由は、避難者がそれまでに、経済的に自立できるだけの安定した仕事に従事できる環境が全くなかったからである。それは避難者個人の努力では如何ともし難い社会問題であり、本来であれば、原発事故という国難を引き起こした国と福島県が国難の被害者である避難者の経済的自立に向けて積極的な就労支援を行う責任があった。すなわち国難の被害者である避難者に避難先で、自ら生活を再建する権利(生活再建権ともいうべき新たな人権)が原発事故下における社会権の1つとして、国・福島県により保障されるべきであった。しかし、国も福島県も、避難者が避難先で経済的自立することに向けて積極的な就労支援を何一つ実行しなかった。自主避難者の自己責任という名のもとで、避難者の生活再建に対する自らの責任を完全に放棄・放置した。その結果、国・福島県から何ら積極的な就労支援を与えられなかった避難者はアルバイトや非正規労働者として日々の生活をしのぐのが精一杯であり、それ以上、経済的に自立できるだけの安定した仕事に就くことは到底不可能であった。

(3)、10月7日付の準備書面(5)
(その詳細は->こちら) 
 
上記1に述べた通り、国際人権法について被告が主張した準備書面(2)に対する認否反論をした福島県の準備書面(1)の中身は、被告が44頁を費やして全面展開した国際人権法の主張に対し、わずか1頁。まるで被告の主張は存在しないかのような無関心を如実に示した書面。
 しかし、 法治国家において、福島県は行政庁として、己の行政作用(本件では明渡請求)を法の根拠に基づいて実施しており(行政の法律適合性)、あらかじめ己の行政作用が法の根拠に基づくものか吟味検討をした上で実施しているものであるから、もし「法の根拠」について不利益を被る市民から疑義が出された場合(本件なら、国際人権法に基づけば、明渡請求には理由がないと異議を申立てた)には、その「法の根拠」について、異議申立てをした市民に説明する責任がある。それが、今回、本来福島県が行うべき認否反論。
このような説明責任の観点から、福島県は認否反論をやり直すべきであると、やり直しを求めたのが準備書面(5)
。

3、裁判所の対応
被告が、原告福島県の認否反論のやり直しを求めたのに対し、裁判所は「原告がそう言ってるんだから、それに従ってやればいいんじゃないですか」と自由放任論をぶち、一般論として異論がない「適正迅速な審理の実現に向け、論点整理に必要な積極的な争点形成に取り組む」ことは本件の国際人権法の論点ではやらないと宣言。しかし、そんな大雑把ないい加減なやり方で、どうやって国際人権法の論点が解明され得るのか、被告は納得できない旨を表明。
ただし、さすがの裁判所も、被告が、原告の明渡請求が理由がないことの根拠としている、
「特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律」(平成8年6月14 日法律第85号。以下、本特別措置法という)8条の解釈に対して、原告福島県は具体的にどう反論するのか今回の原告準備書面(1)では何一つ明らかでない。これを次回までに明らかにするようにと釈明を求めた。
なおかつ原告福島県に反訴状の認否反論の準備も指示。

4、次回
(1)、原告福島県
①.被告が主張する本特別措置法8条の解釈に対する原告の見解(認否反論)
②.反訴状に対する認否反論
(2)、被告
①.訴訟要件論(代位行使)について原告準備書面(1)に対する反論

 

◆裁判終了後の記者会見・報告会
 
裁判終了後、裁判所近辺の福島市民会館で記者会見と裁判報告会。
以下、その会見と報告会の写真と動画(準備中)。






2021年9月4日土曜日

【第76話】筑波大「学問の自由侵害」裁判9月8日第1回弁論を前に 「なぜ今、学問の自由の侵害なのか」(21.9.4)

来週9月8日(水)午前10時から、東京地裁6階631号法廷で、平山朝治VS筑波大学の「学問の自由」侵害裁判の第1回弁論が開かれる(第1回弁論の詳細は->こちら。 裁判の概要は->こちら)。

     時事通信の記事「『削除は違憲』筑波大を提訴 アイドル暴行事件論文で教授 東京地裁」より

【事件の概要】
原告は、論説「NGT48問題・第四者による検討結果報告」の著者。本論説は2020年1月より筑波大学のリポジトリで一般公開され話題となっていたところ、同年4月、株式会社Vernalossom(旧社名AKS。以下、AKSという)より「本論説は当社の名誉毀損にあたり、リポジトリからの削除を求める、さもなければ提訴する」という抗議文が原告と筑波大学に寄せられた。それに対し、筑波大学は自分の大学に所属する原告の学問の自由の擁護に努めるのではなく、「提訴を避けたい」という我が身の保身しか考えず、原告に内密にAKSと連絡を取り、原告に無断で、すぐさま筑波大学のリポジトリから本論説を削除。

この削除を知った原告の度重なる抗議にもかかわらず、さらには、AKSの抗議文を調査するため大学が設置した調査委員会の報告書が「論説の内容が名誉棄損であるとはいえない」と結論を出したにもかかわらず、筑波大学はAKSとの密約を履行するため、迅速に削除した後1年以上にわたり現在に至るまで、本論説をリポジトリに再公開しなかった。

今回の事件は、本来、所属する研究者の学問の自由を擁護する立場にある大学がこともあろうに、所属する研究者の学問の自由の侵害を自ら進んで手を貸して実行・継続するという、大学としてあるまじき前代未聞の醜聞、大学の自殺行為。この裁判はこうした異常事態をただし、もって、学問の自由の回復をめざそうとする取り組み。


この裁判開始にあたって、改めて、なぜ今、この国で学問の自由の侵害が問題になるのか、それについて、本年6月18日 の提訴直後に書いたコメントを再掲する。

その答えを一言で言うと、この国の研究者、専門家は今、
「歌を忘れたカナリア」になることを止め、「現代の隠れキリシタン」になることを止め、「歌を取り戻すカナリア」に戻る必要があるということ、この裁判の原告も「歌を取り戻すカナリア」になろうとした一人である。

そして、私の頭にあるのは、戦前の、90年前の日本。当時、始まったばかりの民主主義が崩壊し、急速に軍国主義、戦争へと転落していった転換点が京大と東大で起きた学問の自由の侵害事件(1933年の滝川事件、1935年の天皇機関説事件)だったこと。この2つの事件をきっかけに、研究者、専門家は一斉に「歌を忘れたカナリア」「隠れキリシタン」に転じてしまった。この出来事は、決して過去の過ぎ去った出来事ではなく、いつでも反復する可能性を持った今の問題であることを教えてくれたのは、晩年の丸山真男である(『丸山眞男回顧談』ほか)。

  ************************

【ブログ再開の言葉】なぜ今、学問の自由の侵害なのか(21.6.23) 

民主主義が幕を閉じ、独裁国家が完成するというのはお隣の香港やミャンマーの話だけではなくて、この私たちの国で進行中の話だ。
ただし、この国の光景は香港やミャンマーのように市民に対する公然の強権的な弾圧や抑圧ではなく、このたび開示された森友学園の財務省決済文書改ざん問題の「赤木フィアル」が示すように、もっと陰険で、陰でコソコソ、そしてジワジワと抑圧が進められる。
その結果、私たち市民の知らない間に、民主主義の基盤・中核部分が破壊されていき、民主主義から独裁体制にじわりじわりと移行する。
その民主主義の基盤・中核の1つが、今日の文明社会の科学・技術・文化を担う知識人、研究者、技術者たちの市民的自由とりわけ彼らの発言の自由、表現の自由。それが学問の自由と言われるものだ。
彼ら知識人、研究者、技術者たちが帰属する組織は「言うことを聞かなければココから排除する」と恐怖心をもって彼らを制圧し、メシを食うためには発言の自由、表現の自由は押し殺さなければならないことを悟らせる。
その結果、彼ら知識人、研究者、技術者たちは自分たちに発言の自由、表現の自由があったことを忘れる「歌を忘れたカナリア」になるか、忘れずにそれらの自由は心の奥にしまい込んだ「隠れキリシタン」のいずれかになってしまう。
これが権力者にとって理想的な、強権的な弾圧や抑圧が見えない、臭わない、痛みもない独裁体制である。
いま、この国で進行しているのは、放射能災害のような、見えない、臭わない、痛みもない「理想的な独裁体制」だ。

この息が詰まるような「理想的な独裁体制」にノーという声をあげたひとりが4年前、東京大学による学問の自由の侵害を告発した柳田辰雄東大教授(当時)(提訴時の彼のメッセージは->こちら)。そして、今月、筑波大学による学問の自由の侵害を告発した平山朝治筑波大教授(提訴時の彼のメッセージは->こちら)。
彼らは、知識人の市民的自由の大切さを、単に象牙の塔の教壇の上から語るのではなく、現実の場で勝ち取るために象牙の塔の外に出て、提訴という行動に出た。
それは市民にとっては迂遠な、無関係な雲の上の出来事に写るかもしれない。
しかし、それは「歌を忘れたカナリア」になることも「現代の隠れキリシタン」になることも拒否した、「歌を取り戻すカナリア」の出現である。
かつて、炭鉱事故を察知するために坑内に「カナリア」が置かれた。「カナリア」はいち早く炭鉱事故を察知し、その危険を訴えたから。
学問の自由の侵害を告発した彼らもまた民主主義の事故(独裁体制)を察知するために社会に出現した「カナリア」である(
※)。
彼らが目指すのは、彼ら自身の人権の回復にとどまらず、私たち市民にとってかけがいのない、人が人として尊重される民主主義の基盤・中核を取り戻すことそのものである。 
                                                                (文責 原告代理人柳原敏夫)

(※)それは日本の戦前の歴史が証明している。戦前、京大と東大で起きた学問の自由の侵害事件(1933年の滝川事件、1935年の天皇機関説事件)を境に、日本社会は民主主義が幕を閉じ、独裁国家が完成する分岐点となった。
この2つの事件の歴史的意義を自らの体験も交えて強調するのは政治思想史家の丸山真男である(
『丸山眞男回顧談』ほか)。

2021年9月3日金曜日

【第75話】チェルノブイリ法日本版条例のモデル案(柳原案バージョン2)の解説(1)(前文)

 今年2月6日、チェルノブイリ法日本版条例のモデル案(柳原案)の改訂版(バージョン2) を公開しましたが(その記事は->こちら)、以下はその解説で、まず前文についてです。

 ************ ***********

◆前文
                             【前 文】

伊勢市民は、全世界の市民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに健やかに生存する権利を有することを確認し、なにびとといえども、原子力発電所事故に代表される放射能災害から命と健康と生活が保障される権利をあることをここに宣言し、この条例を制定する。

他方、原子力発電所等の設置を認可した国は、放射能災害に対して無条件で加害責任を免れず、住民が放射能災害により受けた被害を補償する責任のみならず住民の「移住の権利」の実現を履行する責任を有すると確信する。その結果、この条例の実施により伊勢市が出費する経費は本来国が負担すべきものであり、この点を明らかにするため、国は、すみやかに地方財政法10条17号、同法28号に準ずる法改正を行なう責務を有すると確信する。

加えて、放射能災害に対して無条件の加害責任を負う国は、事故が発生した原子力発電所等の収束に従事する作業員に対しても、放射能災害により被害を被った住民と同様、当該作業員が放射能災害により受けた被害を補償する責任のみならず当該作業員の命・健康を保全する責任を有すると確信する。

もっとも、今日の原子力発電所事故の巨大な破壊力を考えれば、この条例の制定だけで放射能災害から伊勢市民の命と健康と生活を保障することが不可能であることを認めざるを得ない。したがって、私たちは、三重県の自治体、さらには日本の全自治体に対して、各自治体の住民の名において、この条例と同様の条例を制定すること、さらにはこれらの条例の集大成として、日本国民の名において同様の日本国法律を制定することを呼びかける。

さらに、原子力発電所事故が国境なき過酷事故であることを考えれば、わが国の法律の制定だけで放射能災害から日本国民の命と健康と生活を完全に保障することが困難であることも認めざるを得ない。したがって、私たちは、この条例制定を日本のみならず、全世界の自治体、各国に対して、原子力発電所を有する世界の住民の命と健康と生活が保障する自治体の条例、法律の制定を呼びかける。

この呼びかけが放射能災害から全世界の市民の命と健康と生活を保障する条約を成立させるための基盤となることを確信する。
伊勢市民は市の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


◆参考1(憲法 前文)

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 
◆
参考2(東京都公害防止条例 前文)
     (準備中。とりあえず画像で)


◆前文の解説

チェルノブイリ法日本版条例(柳原案)の前文について

1、パクリ

憲法や人権宣言に通じている人なら、この前文がパクリだと気がついたと思います。確かにそれは日本国憲法前文とマンチェスター非核平和都市宣言の呼びかけ文[1]のパクリでした。ここで重要なことは、なぜパクリをしてまで、この前文を置くべきだと考えたかです。普通の法律や条例なら、わざわざ前文など置かないからです。実は、なぜ前文が必要と考えたのか、草案作成当時(2017年)、「置くべきではないか」と直感的に思っただけで、その理由を明確に自覚していませんでした。4年も経った今年になって初めてそれがハッキリしました。

2、新しい革袋

前文を置いたのは、チェルノブイリ法日本版が原子力災害(放射能災害と同じ意味で使います)における日本のそれまでの法律の延長線上の法ではなくて、それとは基本的な性格を一変した「新しい酒は新しい革袋に盛れ」の「新しい革袋」であったので、その点を明確に示しておくことが必要だと考えたからです。ではどの点で、それまでの法律の基本的な性格が一変したのか。これまで日本の法律は、災害の救済において市民に「生命・健康・身体を害されない」という人権を保障してきませんでした。災害が発生すると政府や自治体は市民の災害救助のために必要な指示・命令を出し、市民はこれらの指示・命令に従う義務を負う、受動的な存在に過ぎませんでした。災害救助法には「権利」という言葉は一度も登場しません。災害の1つである原子力災害(原発事故など)でもこの性格は変わりません。福島原発事故発生により、政府の判断で事故周辺市町村の市民に「避難指示」という命令を出し、周辺市民はこの命令に従う義務を負う存在にすぎませんでした。そこには次の考え方はこれっぽっちもありませんでした――市民には放射能から生命、健康、身体が害されないために「避難する権利」が保障されており、政府はこの人権を保障する義務を負っている、と。つまり、311まで放射能災害における法律の基本的性格は、原子力災害の救済において市民は無権利であり、政府の指示命令に服従するだけの受身の存在にすぎない、と。しかし、よく考えたらこれはおかしいのではないか。そもそも個人の生命を最大限尊重し、保障されることは、日本国憲法が最高の価値を置く個人の尊厳からの当然の帰結であるばかりか、我々市民がこの国の主権者であること(国民主権)からも導かれる帰結です。だとしたら、この「命こそ宝」という人権の原理は原子力災害の場面においても、否、この場面においてこそ貫徹されるべきです。すなわち市民には放射能から生命、健康、身体が害されないために「避難する権利」が保障されており、政府はこの人権を保障する義務を負っている、と。これを明文化したのがチェルノブイリ法日本版です。そして、この態度は原子力災害におけるこれまでの(子ども被災者支援法も含む)法律の性格を一変する――原子力災害の救済における市民と国との関係をひっくり返す――画期的なものです。だから、このコペルニクス的転回のことを法律の冒頭で、前文として明らかにしておく必要があったのです。

3、日本国憲法の前文

これと同様の発想で、前文が置かれたのが日本国憲法です。日本国の憲法は、それまでの天皇主権と富国強兵に基づく明治憲法を抜本的に否定し、「人類普遍の原理」として市民が主権者であること、戦争を放棄し、戦争以外の方法で紛争を解決することを決意したもので、これは日本の歴史上前例のない画期的な出来事でした。そこで、この画期性、コペルニクス的転回を遂げたことの意義を憲法の冒頭で、前文として明らかにしておく必要があったのです。まさに「新しい酒は新しい革袋に盛れ」を実行したことを明確にするために前文を置いたのです。

この意味で、日本国憲法の前文はアメリカ独立宣言やフランス人権宣言に匹敵する、日本人権宣言なのです。

4、東京都公害防止条例の前文

同じく、これと同様の思想で、前文が置かれたのが翌年の「公害国会」を導いた1969年制定の東京都公害防止条例です(※)。これはそれまでの「市民の生命、健康は経済の発展を阻害しない限りにおいて守られる」という調和条項を否定し、市民の生命、健康が害されないことは憲法が保障する最高の価値を有する人権であることを認め、この人権保障に対応して、東京都はこの人権を保障する最大限の義務を負うことを認めたもので、それまでの公害対策の法体系の性格を一変するものでした。そこで、この画期的なコペルニクス的転回について、条例の冒頭で、前文として明らかにしておく必要があったのです。公害対策において「新しい酒は新しい革袋に盛れ」を実行したことを明確にするために前文を置いたのです。この意味で、本条例の前文は公害という「社会的災害」に対する日本最初の人権宣言です。

(※)ブリタニカ国際大百科事典は、次のように、この条例が日本の民主主義(直接民主主義・住民参加)の偉大な成果・賜物であったことを指摘する。

《1969年東京都が激化する公害に対処するために制定した条例。具体的施策を盛込むと同時に,住民の健康と快適な生活環境を保全することで,憲法 25条にある健康で文化的な最低限度の生活をおくる権利と,同 13条の幸福追求権を具体的基本権としたもの。これが契機となって全国的に環境保全,反公害の機運が高まり,70年のいわゆる公害特別国会において,公害対策基本法の改正をはじめ公害関係法令の大幅整備を行う機運が促された。また,この条例自体が,当時急速に底辺を広めていた住民運動の力に負うところが大きかったことから,初めての行政への住民参加の制度をつくり,その後の住民参加の原型の1つとなった。》


5、チェルノブイリ法日本版条例の前文

以上の意味で、この前文の意義を正しく理解するためには、前文が否定しようとしたものが何であるかを注視する必要があります。311まで日本の災害救助の法体系は市民に人権を認めてこなかった。しかし、市民の生命、健康、身体に未曾有の惨禍をもたらす原子力災害が発生した時、そのような法体系では市民の生命、健康、身体を守ることができないことが明らかになった。そこで、市民の生命、健康、身体を守るためにはそれまでの国と市民の関係(国は指示命令し、市民は受動的にそれに服従する義務を負う)を否定し、これと正反対の関係(市民は生命に対する人権を保有し、国はこの人権を保障する義務を負う)を導入するしかなかった。そう決意した点がチェルノブイリ法日本版であり、この点が従来の法体系にはない画期的なところであり、その画期性を明らかにしたのが前文というわけです。この意味で、本条例の前文は放射能災害に対する日本で最初の人権宣言なのです。



[1] 「今日の核兵器の巨大な破壊力を考えれば、われわれの決議がそれ自体では意味を持たないことを、われわれは認めざるを得ない。したがって、われわれは、北西イングランドの近接自治体、さらには英国の全自治体に対して、その住民の名において、われわれと同様の宣言を行うことを呼びかける。(それらが)ヨーロッパに非核地帯を設置し、拡大して行くための基盤になり得ることを確信する」

2021年8月24日火曜日

【第74話】市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会の第4回総会の第2部「1年を振り返って『311から10年経過した今なぜ、チェルノブイリ法日本版なのか? →311後の真空地帯と理不尽が続く限り、抵抗権の行使としてのチェルノブイリ法日本版は存在することをやめない』」(2021.7.24)

2021年7月24日に、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会の第4回総会が開かれ、その第2部で、「1年を振り返って」というテーマで話をする機会を与えられ、
「311後の真空地帯と理不尽、抵抗権の行使としてのチェルノブイリ法日本版」
(ただし、そのあと、表題を以下の通り変更)
「311から10年経過した今なぜ、チェルノブイリ法日本版なのか? →311後の真空地帯と理不尽が続く限り、抵抗権の行使としてのチェルノブイリ法日本版は存在 することをやめない。」
という表題で話をし、そのあと意見交換をしました。

この話をしたあと、なぜ自分が法律家になったのか、その訳が初めて分かり、これでやっと「新米法律家」としてスタートできると思いました(以下、その感想文)。

◎311から十年、新米法律家のスタート(2021.8.22)


以下は、この日の動画、事前に配布したレジメと話で使用したパワーポイントの資料(ただし、話の後で未完の部分を加筆)。

◎動画



◎配布資料(レジメ) 全文のPDF->こちら




◎パワーポイントの資料  全文のPDF->こちら


 

2021年8月23日月曜日

【第73話】市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会の原点(2021.8.23)

              2018年3月18日の「育てる階」結成集会終了後の記念撮影
                        結成集会の報告->こちら  

市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会(育てる会)の原点

柳原 敏夫

2021年7月に、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会(以下、育てる会)結成3年目の総会をやりました。そこで再認識したことがあります。
それは、育てる会の原点は、次の3つ「無知の涙」と「人権(侵害)の発見」と「理不尽をただしたい」ではないかということです。

1、無知の涙

終戦直前に広島で被爆した丸山真男は、のちに、自分は原爆はけしからんと言ってきたのに、原爆の本質つまり放射能による健康被害(その惨禍は一度ならず毎日々々原爆が落ちているにひとしい)のことは言って来なかったと己の無知を自己批判しました。これは育てる会のメンバーの大半も同様です。私も311まで、日本に原発事故が起きるなんて夢にも思わず、己の無知に恥じ入りました。或いは、原発事故のことを考えていた人でも、原発はけしからんとその中止を求めてきたのに、原発事故の本質つまり放射能による健康被害(その惨禍は一度ならず毎日々々原発事故が発生しているにひとしい)は言って来なかったと己の無知に恥じ入りました。放射能による健康被害という未曾有の惨禍に対する己の無知に涙を流したことが育てる会発足の原点でした。

2、人権の発見

人権はこれを保障する憲法が制定されたから私たちの目の前に存在するものではありません。私たちが発見して初めて存在するものです。なぜなら、人権の本質であり出発点である「個人の尊厳」つまり、どんな地位、職業、社会的評価であろうとそれに関係なく、この世に同じ人間は二人といない、ゆえにひとりひとりの存在こそ至高の価値を有し尊い存在なのだという「個人の尊厳」は、事実として自然に存在するものではなく、私たちが「価値」というメガネをかけたとき初めて見出しうるもの、人間が「考える葦」になったとき初めて発見できるものだからです。

なおかつ、人権宣言の歴史が教えることは、私たちはいきなり「人権を発見」することができないということです。いつも最初に発見するのは「人権侵害」だからです。その上、目の前にいくら悲惨な現実を積み上げていったとしも、それで「人権侵害」に辿り着く訳ではありません。「人権侵害」に辿り着くのは、目の前の悲惨な現実に対し、私たちの心の中で「私たちを人間として扱え!」という声が沸きあがったときだからです。その意味で、「人権侵害」も発見するほかないものです。

放射能による健康被害という未曾有の惨禍に対し、放射能災害における人権保障という観点から救済を定めたのがチェルノブイリ法日本版です。しかし、この法律の意義を理解するためには、放射能による健康被害という現実を「人権侵害」としてとらえることが不可欠です。それは私たちが「考える葦」になったとき初めて発見できるものなのです。

3、理不尽をただす

前述した、放射能による健康被害という未曾有の惨禍に対する己の無知に涙を流し、「考える葦」として目の前の放射能による健康被害という現実を「人権侵害」としてとらえた人---- この人に残されたことは、もはや「この理不尽な人権侵害をただすこと」しかないのではないでしょうか。なぜなら「人権侵害」を発見した人は同時に「人権」も発見した人です。ひとたび「私たちを人間として扱え!」という声を聞き、人権を発見した人は、「私たちを人間として扱わない」人権侵害の理不尽の極みの中に身を置くことには耐えられず、そこで、どんなにゴール(人権救済)が遠くにあろうとも、どんなにルートはジグザグであろうとも、その光に向かって歩み続けるしかないことを確信するからです。

4、おわりに

以上の意味で、311後の現実は私たちの目の前に自然に存在するものではなく、私たちが発見して初めて存在するものです。今年8月6日、福島地裁の「避難者追出し裁判」で、初めて「国際人権法に基づく人権(居住権)」を全面的に主張した時(その報告は->こちら)、この「国際人権法に基づく人権」は決して自然に存在したのではなく、私たちが発見したものだと確信しました。

だから、私たちが「考える葦」をめざし、ひとりひとりの私たちが発見した「人権侵害」「人権」「理不尽の是正」を、一人でも多くの市民に伝え、共有することで、311後の現実は変わります。311後の現実をどう認識し、どう作り直していくか、それは私たちひとりひとりの発見に、ひとりひとりの私たちの手に、ひとりひとりの私たちの姿勢、主体の関わり方にかかっているのです。

(2021.8.23)

 

 

2021年8月11日水曜日

【第72話】「国際人権法で逢いましょう」(避難者追出し訴訟の被告の主張「国際人権法」について)(2021.8.11)

  8月6日に、福島地裁で、避難者追出し訴訟の第2回口頭弁論が行われ、避難者である被告は、原告福島県の明渡請求には理由がないことを、国際人権法を根拠にした主張を全面展開した書面=準備書面(2)を裁判が提示した〆切の7月8日に提出。その要旨をこの日の法廷で陳述しました。
(被告準備書面(2)の全文&詳細は->こちら)

以下は、
1、陳述した要旨。
2、裁判後の報告集会で、国際人権法の主張書面の説明&質問に対する回答。
3、報告集会用に準備したプレゼン資料「国際人権法で逢いましょう」。
(以上は、いずれも弁護団の柳原敏夫の作成によるもの)

◆被告準備書面(2)の要旨

◆国際人権法の主張に関する解説の動画。
  以下は、8月6日の裁判のあとの報告集会の場で、国際人権法について解説した動画。


◆当日の報告集会で報告する積りで準備した、国際人権法の主張に関するプレゼン資料
             「国際人権法で逢いましょう」(全文のPDF->こちら)


【第71話】8.6世界の常識(国際人権法)でもって日本の非常識(避難者追出し)を裁く「避難者追出し訴訟」第2回口頭弁論の報告(2021.8.11)

 8月6日(金)午後3時、福島地裁で、避難者追出し訴訟の第2回口頭弁論を行いました(避難者追出し訴訟の概要は->こちら)。
次回第3回口頭弁論は10月8日(金)午後3時。

◆裁判開始前の駅前宣伝活動・集会
 裁判開始に先立ち、午後0時半から福島駅東口で本日の裁判のチラシを配布し、2時から裁判所前で集会を行いました。以下、本日の裁判のチラシと駅前配布・裁判所前集会の写真と動画です。

                        福島駅東口でのチラシ配布
                         
                         裁判前の裁判所前での集会

 裁判所前の集会の動画

◆法廷

法廷では、事前に提出した被告の準備書面(2)と(3)の要旨を陳述、次の2点を訴えました。

1、国難の責任者である国ではなく、福島県に原告の資格はない


国難である福島原発事故の救済に関する自主避難者の居住権の問題について、国の持ち物である国家公務員宿舎の明渡を、なぜ、持ち主であり、なおかつ国難の責任者の国が自ら原告にならずに、なぜ国家公務員宿舎の持ち主でもない福島県が原告となって自主避難者を提訴できるのか。
仮に、福島県が2017年4月1日から国から使用許可を得て、この宿舎の使用収益権を有しているから、この使用収益権に基づいて、国に代わって、明渡の代位請求の訴えが起こせるのだと主張したとしても、
この主張は本来の代位権の転用のケースであり、そうした転用が認められるためには、福島県が、現在居住している自主避難者を追い出して、自ら使用収益する予定であることが大前提である。ところが、福島県は今居住している避難者を追い出すことしか目的はない。避難者を追い出した後に、新たな避難者等をそこに住まわせる予定も目的もない。つまり、使用収益をする予定も目的もない。この点において、例外的に認められる「代位権の転用」の要件から明らかに逸脱している。つまり、本件は代位権の転用は認められない。

これを主張した被告準備書面(3)の全文のPDFは->こちら

2、国際人権法に適合した法律の解釈をとれば、福島県の明渡し請求は認められない

第1に、国内法の序列体系からすれば、国際法(条約)は法律の上位規範であり、本件に即して言えば、法律である災害救助法及びその関連法令の内容は国際法である国際人権法に矛盾抵触することはできず、これらの法律の内容は国際人権法に適合するように解釈されなければならない。
第2に、国際法(条約)の文言の解釈においては、 条約法に関するウィーン条約により、条約の文言の意味を明らかにするために、その解釈基準として以下の国際法の実質的法源を用いることを認めた(31~32条)。
(a)、国連の委員会、国際会議の決議・宣言・報告書・準備作業
他方、社会権規約11条1項は「適切な住居」を内容とする居住権(権利)を認めた。 そこで問題は、この「適切な住居」の意味(解釈)である。
上記の
条約解釈の基本原則によれば、この言葉の解釈にあたり、次の国際法の実質的法源を基準として用いることができる。
①一般的意見
②「国内避難民の指導原則」
③日本政府報告書に対する「総括所見」

以上の通り、「国際人権法に適合した法律の解釈」と「実質的法源を解釈基準として条約の文言を解釈する」――この2つの基本原理を本件に当てはめれば、
災害救助法及びその関連法令は「国内避難民となった原発事故被災者の居住権」を保障する社会権規約及びその内容を具体化、普遍化した一群の国際人権法に矛盾抵触することはできず、これらに適合するように解釈しなければならない。
そこで、この国際人権法に忠実に災害救助法等を解釈すれば、原告の追出しの請求は認められないという結論が導かれる。
以上の国際人権法の主張書面の要旨は以下の通り。全文のPDFは->こちら


また、要旨を主張した被告準備書面(2)本体の報告&全文のPDFは->こちら

【次回期日】
次回は、被告の主張に対する原告福島県の認否・反論。
第3回口頭弁論は10月8日(金)午後3時。


◆
裁判終了後の記者会見・報告会
 
裁判終了後、裁判所近辺の福島市民会館で記者会見と裁判報告会。
以下、その会見と報告会の写真と動画と被告から寄せられたメッセージ。


                           報告集会の動画     



◆当事者からのメッセージ

                     被告(男性)のメッセージ
                (PDF->こちら 代読の音声->こちら)

直前に、職場でコロナ患者の発生のため、急遽、出勤せざるを得なくなり、裁判に欠席を余儀なくされた被告(女性)の音声メッセージ



◆
国際人権法に関する報告
(弁護団柳原敏夫)



【第189話】三浦少数意見の真価(進化)を再認識したジュネーブの弁慶との14年ぶりの再会(26.10.7)

1、2012年10月30日、スイス・ジュネーブ 夜明けのジュネーブ。透明に近いブルーの街中を宿泊先のホテルまで荷物を取りに戻る。今日、ジュネーブの国連人権委員会の建物で、翌31日開催の、日本政府の人権侵害状況を審査するUPR(普遍的定期的審査)に先立って実施される市民団体主催のサ...