来週9月8日(水)午前10時から、東京地裁6階631号法廷で、平山朝治VS筑波大学の「学問の自由」侵害裁判の第1回弁論が開かれる(第1回弁論の詳細は->こちら。 裁判の概要は->こちら)。
時事通信の記事「『削除は違憲』筑波大を提訴 アイドル暴行事件論文で教授 東京地裁」より
【事件の概要】
原告は、論説「NGT48問題・第四者による検討結果報告」の著者。本論説は2020年1月より筑波大学のリポジトリで一般公開され話題となっていたところ、同年4月、株式会社Vernalossom(旧社名AKS。以下、AKSという)より「本論説は当社の名誉毀損にあたり、リポジトリからの削除を求める、さもなければ提訴する」という抗議文が原告と筑波大学に寄せられた。それに対し、筑波大学は自分の大学に所属する原告の学問の自由の擁護に努めるのではなく、「提訴を避けたい」という我が身の保身しか考えず、原告に内密にAKSと連絡を取り、原告に無断で、すぐさま筑波大学のリポジトリから本論説を削除。
この削除を知った原告の度重なる抗議にもかかわらず、さらには、AKSの抗議文を調査するため大学が設置した調査委員会の報告書が「論説の内容が名誉棄損であるとはいえない」と結論を出したにもかかわらず、筑波大学はAKSとの密約を履行するため、迅速に削除した後1年以上にわたり現在に至るまで、本論説をリポジトリに再公開しなかった。
今回の事件は、本来、所属する研究者の学問の自由を擁護する立場にある大学がこともあろうに、所属する研究者の学問の自由の侵害を自ら進んで手を貸して実行・継続するという、大学としてあるまじき前代未聞の醜聞、大学の自殺行為。この裁判はこうした異常事態をただし、もって、学問の自由の回復をめざそうとする取り組み。
この裁判開始にあたって、改めて、なぜ今、この国で学問の自由の侵害が問題になるのか、それについて、本年6月18日 の提訴直後に書いたコメントを再掲する。
その答えを一言で言うと、この国の研究者、専門家は今、「歌を忘れたカナリア」になることを止め、「現代の隠れキリシタン」になることを止め、「歌を取り戻すカナリア」に戻る必要があるということ、この裁判の原告も「歌を取り戻すカナリア」になろうとした一人である。
そして、私の頭にあるのは、戦前の、90年前の日本。当時、始まったばかりの民主主義が崩壊し、急速に軍国主義、戦争へと転落していった転換点が京大と東大で起きた学問の自由の侵害事件(1933年の滝川事件、1935年の天皇機関説事件)だったこと。この2つの事件をきっかけに、研究者、専門家は一斉に「歌を忘れたカナリア」「隠れキリシタン」に転じてしまった。この出来事は、決して過去の過ぎ去った出来事ではなく、いつでも反復する可能性を持った今の問題であることを教えてくれたのは、晩年の丸山真男である(『丸山眞男回顧談』ほか)。
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民主主義が幕を閉じ、独裁国家が完成するというのはお隣の香港やミャンマーの話だけではなくて、この私たちの国で進行中の話だ。
ただし、この国の光景は香港やミャンマーのように市民に対する公然の強権的な弾圧や抑圧ではなく、このたび開示された森友学園の財務省決済文書改ざん問題の「赤木フィアル」が示すように、もっと陰険で、陰でコソコソ、そしてジワジワと抑圧が進められる。
その結果、私たち市民の知らない間に、民主主義の基盤・中核部分が破壊されていき、民主主義から独裁体制にじわりじわりと移行する。
その民主主義の基盤・中核の1つが、今日の文明社会の科学・技術・文化を担う知識人、研究者、技術者たちの市民的自由とりわけ彼らの発言の自由、表現の自由。それが学問の自由と言われるものだ。
彼ら知識人、研究者、技術者たちが帰属する組織は「言うことを聞かなければココから排除する」と恐怖心をもって彼らを制圧し、メシを食うためには発言の自由、表現の自由は押し殺さなければならないことを悟らせる。
その結果、彼ら知識人、研究者、技術者たちは自分たちに発言の自由、表現の自由があったことを忘れる「歌を忘れたカナリア」になるか、忘れずにそれらの自由は心の奥にしまい込んだ「隠れキリシタン」のいずれかになってしまう。
これが権力者にとって理想的な、強権的な弾圧や抑圧が見えない、臭わない、痛みもない独裁体制である。
いま、この国で進行しているのは、放射能災害のような、見えない、臭わない、痛みもない「理想的な独裁体制」だ。
この息が詰まるような「理想的な独裁体制」にノーという声をあげたひとりが4年前、東京大学による学問の自由の侵害を告発した柳田辰雄東大教授(当時)(提訴時の彼のメッセージは->こちら)。そして、今月、筑波大学による学問の自由の侵害を告発した平山朝治筑波大教授(提訴時の彼のメッセージは->こちら)。
彼らは、知識人の市民的自由の大切さを、単に象牙の塔の教壇の上から語るのではなく、現実の場で勝ち取るために象牙の塔の外に出て、提訴という行動に出た。
それは市民にとっては迂遠な、無関係な雲の上の出来事に写るかもしれない。
しかし、それは「歌を忘れたカナリア」になることも「現代の隠れキリシタン」になることも拒否した、「歌を取り戻すカナリア」の出現である。
かつて、炭鉱事故を察知するために坑内に「カナリア」が置かれた。「カナリア」はいち早く炭鉱事故を察知し、その危険を訴えたから。
学問の自由の侵害を告発した彼らもまた民主主義の事故(独裁体制)を察知するために社会に出現した「カナリア」である(※)。
彼らが目指すのは、彼ら自身の人権の回復にとどまらず、私たち市民にとってかけがいのない、人が人として尊重される民主主義の基盤・中核を取り戻すことそのものである。
(文責 原告代理人柳原敏夫)
(※)それは日本の戦前の歴史が証明している。戦前、京大と東大で起きた学問の自由の侵害事件(1933年の滝川事件、1935年の天皇機関説事件)を境に、日本社会は民主主義が幕を閉じ、独裁国家が完成する分岐点となった。
この2つの事件の歴史的意義を自らの体験も交えて強調するのは政治思想史家の丸山真男である(『丸山眞男回顧談』ほか)。
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