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2026年9月25日金曜日

【第187話】新老年前期:1999年「群像」4月号掲載の柄谷行人「トランスクリティーク」最終章が始まりだった(26.9.25)

1999年3月、「群像」4月号に柄谷行人の「トランスクリティーク」最終章が掲載された。それを読み、私は自分の道が示されたと思い、柄谷さんに会いに行った。そして、それまでのブル弁から足を洗うことに決め、NAMに参加した(以下、その2年後にNYで柄谷さんと)。

その 6年後の2005年5月の連休直前に、突然振って沸いたように、日本で最初の(どんな危険があるか分からない)遺伝子組換えイネを新潟県上越市で農研機構(旧北陸農業試験場)が野外で実験するというニュースが発表され、地元農家、市民の猛反対に聞く耳を持たない農研機構に対し、もはや実験中止の裁判(イネ裁判)しかないとなり、それまで誰もやったことがないイネ裁判に、バイオ災害にライフワークを見出していた私は無謀にも代理人に手を上げ、参加。これがブル弁から社会的裁判に関与するノリ弁(?)に転向する第一歩だった。その時、知りあった弁護士が(丸山真男みたいに)実家が長野県の江戸っ子光前幸一さん(以下、イネ裁判提訴当日の私たち)。


   神山美智子さんと光前幸一さん

その光前さんの事務所に、今月(2026年9月)、30年ぶりに事務所を移転した。彼はどう思っているか分からないが、私はついの棲家を得たような気分である。

そのイネ裁判を6年やって、最後の仕上げとして人民の人民による人民のための市民法廷を実施する寸前に、 突然振って沸いたようにカタストロフィーが襲った。311大震災と原発事故。それで私はライフワークを延期し、目の前のカタストロフィーに飛び込むことになった。

以上が、311で『つつしんで老年に告ぐ「老年よ、大志を抱け」』という新老年になる前夜の簡単な振り返りである。その後は「老年よ、大志を抱け」に述べた通りである。

そして、昨日、311後のゴミ屋敷と化した日本社会のレントゲン診断を示す新たな裁判(311ノリ弁裁判)に参加。
その夜、つれあいから、もう1つの「311後のゴミ屋敷と化した日本社会のレントゲン診断を示す」動画があることを教えてもらった。それが、コロナ禍のエセ「ワクチン」を告発する福島雅典京大名誉教授の会見動画(>元の動画28分から)だった。そこには、20年前の遺伝子組換えイネ裁判と全く同じペテン劇がコロナ禍のエセ「ワクチン」(そのため、避難者追出し裁判の原告の一人も命を落とし、私の親戚の若者も障害者となった)でも飽きもせずにヌケヌケと再現されていることが証言されていた。その動画を観て、「権力犯罪という猛烈な執念」をつくづく思い知らされた。だとしたら、我々に残されていることは、カミュが言ったように「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」(カミュ「正義と犯罪」)。
私にとってそれが昨日提訴した311ノリ弁訴訟である。
以下は、新老年として一歩前に出た、2回目の新老年の挨拶である。

『つつしんで老年に告ぐ「老年よ、再び大志を抱け、そして一歩前に出よ」』

【第187話】新老年前期:1999年「群像」4月号掲載の柄谷行人「トランスクリティーク」最終章が始まりだった(26.9.25)

1999年3月、「群像」4月号に柄谷行人の「トランスクリティーク」最終章が掲載された。それを読み、私は自分の道が示されたと思い、柄谷さんに会いに行った。そして、それまでのブル弁から足を洗うことに決め、 NAM に参加した(以下、その2年後にNYで柄谷さんと)。 その 6年後の20...