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2022年7月21日木曜日

【第89話】追出し裁判で、福島県はいかなる法令に基づき、いかなる調査に基づき、いかなる論議を尽くして避難者の追出しを決定したのかを明らかにした主張書面を提出(その2)(2022.7.20)

                            (2021年5月14日 第1回期日 福島地裁前)

第88話】に続いて、 今度は、
福島県はいかなる法令に基づき、いかなる調査に基づき、いかなる論議を尽くして避難者の追出しを決定したのかを明らかにした主張書面の2通目。
それは、 国際人権法に基づく居住権のみならず、それ以外にも合計6つの理由で、被告(避難者)に対する福島県の明渡しの主張が根拠がないことを明らかにした、この裁判における被告主張を集大成した次の書面。

被告準備書面(15)--6つの抗弁の法律構成の骨子について--
 

以下その6つの理由の概要を紹介する。                

 

①.国際人権法に基づく居住権(直接適用)
 第1が、国際法の直接適用により、国内避難民である被告らには、国際人権法(社会権規約11条1項の「適切な住居」)が保障する居住権に基づき、本件建物を占有する権限が認められる。

②.国際人権法に基づく居住権(間接適用)
 第2が、国際法の間接適用により、国内避難民である被告らには、国際人権法(社会権規約11条1項の「適切な住居」)が保障する居住権に適合するように解釈された災害救助法及びその関連法令によれば、本件建物に占有する権限が認められる。

③.国家公務員宿舎の無償提供期間の延長打切りの違法性(その1)
 第3に、本来、国家公務員宿舎の無償提供期間の延長打切りは国が決定すべきものであった。にもかかわらず、本件では国の決定がなかった。従って、国家公務員宿舎の無償提供の延長打切りが有効適切になされていない以上、被告らの本件建物の占有権限は喪失したことにならない。

④.国家公務員宿舎の無償提供期間の延長打切りの違法性(その2:羈束行為)
第4に、仮に国家公務員宿舎の無償提供機関の延長打切りは2017年3月31日をもって区域外避難者に対する応急仮設住宅の供与を打切り、延長しないとした内堀福島県知事の決定によって手続的に有効だとしても、本件福島県知事決定は羈束行為であり、国際人権法(社会権規約11条1項の「適切な住居」)に適合するように解釈された災害救助法等に反するものであり、この点で違法を免れない。
 そして、本件福島県知事決定により原告からの延長要請がなかったことに基づいて、東京都は、被告らに対する本件建物の提供を2017年3月31日をもって打切り、延長しないことを決定したが、違法な本件福島県知事決定に基づいて一時使用許可を更新しなかった東京都の決定もまた過誤があり、違法を免れない。その結果、東京都と被告らの本件建物の使用関係も適法に終了したことにならず、被告らの本件建物の占有権限は喪失したことにならない。

⑤.国家公務員宿舎の無償提供期間の延長打切りの違法性(その3:法令の目的・趣旨に違反する裁量行為)
 仮に本件福島県知事決定に裁量判断の余地が認められるとしても、本件福島県知事決定が国際人権法に基づき国内法で保障される居住権を守らず、侵害することは法令の目的・趣旨に違反する裁量行為であって許されず、違法を免れない。
 その結果、上記と同様、違法な本件福島県知事決定に基づいて一時使用許可を更新しなかった東京都の決定も違法を免れず、東京都と被告らの本件建物の使用関係も適法に終了したことにならず、被告らの本件建物の占有権限は喪失したことにならない。

⑥.国家公務員宿舎の無償提供期間の延長打切りの違法性(その4:裁量行為の判断過程審査)
 仮に本件福島県知事決定に裁量判断の余地が認められるとしても、本件福島県知事決定の「判断過程」の以下の各局面において、
ⓐ.当該案件の構成要素となる事実を調査に基づき認定する過程
事実問題と法律問題に関し、いかなる調査を行い、その調査に基づいていかなる事実を認定したか、
ⓑ.基準(具体的裁量基準)の認定及び適用の過程
当該案件に適用すべき基準をいかに設定したか(考慮事項・考慮禁止事項など)、そして、その認定事実を基準に当てはめていかに評価したか
などを国際人権法その他の見地から個別具体的に検証した結果、上記「判断過程」の各局面において、看過し難い過誤が認められ、それらの過誤を総合判断した結果、本件福島県知事決定は裁量権の逸脱・濫用と言わざるを得ず、違法を免れない。
その結果、上記と同様、違法な本件福島県知事決定に基づいて一時使用許可を更新しなかった東京都の決定も違法を免れず、東京都と被告らの本件建物の使用関係も適法に終了したことにならず、被告らの本件建物の占有権限は喪失したことにならない。    


2022年7月20日水曜日

【第88話】追出し裁判で、福島県はいかなる法令に基づき、いかなる調査に基づき、いかなる論議を尽くして避難者の追出しを決定したのかを明らかにした主張書面を提出(その1)(2022.7.20)

                (2021年5月14日 第1回期日 福島地裁前)

第87話】に書いた通り、追出し裁判では、福島県の提訴以来ずっと、福島県は、自分たちが一体いかなる法令に基づいて、そしていかなる調査に基づいて、いかなる論議を尽くして、被告(避難者)の追出しを決定したのか、その決定のプロセスを決して明らかにしようとせず、
その結果、この核心部分がずっと闇の中に置かれてきた。

しかし、この間の関係者の尽力により、その闇が少しずつ明らかにされ、問題点がハッキリしてきた。

今回、被告(避難者)は、この闇に焦点を合わせ、この闇の解明こそが、追い出しの是非を決定する最重要論点であることを明らかにする2通の主張書面を作成した。
その1通目が、仮設住宅の支援打切りの適用法令及び決定の主体について主張した次の被告準備書面(14)。

被告準備書面(14)--仮設住宅の支援打切りの適用法令及び決定の主体について--

以下その内容を紹介する。

はじめに
 行政法の基本原則である「法律による行政の原理」及び「説明責任の原則」によれば、
原告は被告ら区域外避難者が入居する住宅の無償提供期間の延長及びその打切りを決定するにあたっては、いかなる法令に基づき、いかなる調査に基づいていかなる検討を経た上で政策決定したのか、その決定過程を当事者である被告ら区域外避難者に説明する責任がある。しかし、裁判以前は言うまでもなく、提訴に至っても、訴状には無償提供期間の延長及びその打切りの決定の根拠となった法令の説明は一言もなく、単に次の記述だけであった。
被告については平成29年3月31日をもって応急仮設住宅としての本件建物の供与が終了になり本件建物の占有権限がなくなった》(訴状の請求原因2(2))

これでは、葉っぱが秋になって色づいて落ちてなくなってしまったかのように、本件建物の供与も終了して占有権限もなくなってしまったと、あたかも自然現象であるかのように書かれていた。

 以上の通り、原告は自身に課せられた適用法令の説明責任すら果さない。その結果、被告らは当初適法に入居した自分たちがのちに追出される法的根拠すら知らされず、そのため、いかなる法令に基づき追出しの違法性を訴えたらよいのかという最も基本的な問題すら分からず、苦難を強いられた。本裁判の真相解明が最も困難を極めた最大の理由がここにある。

 しかるに、この間の関係者の尽力により、被告らは、ようやく本件建物の無償提供期間の延長及びその打切りの適用法令の糸口を掴んだ。それは被告らが、いかなる法令に基づいて本件追出しの違法性を反論したらよいかを掴んだという意味である。被告らの主張整理は今、クライマックスの中にある。それが本書面である。

第1、問題の所在
 本書面で検討する論点は次の3つである。
1、建設型応急仮設住宅の無償提供期間の延長及びその打切りの適用法令は何か。
2、国家公務員宿舎の無償提供期間の延長及びその打切りの適用法令は何か。
3、国家公務員宿舎の無償提供期間の延長及びその打切りの決定主体である行政庁はどこか。


第2、検討
1、論点1(建設型応急仮設住宅の場合の適用法令)
(1)、結論
 「特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律」(以下、特定非常災害特別措置法という)8条であって、災害救助法施行令3条2項ではない。
(2)、理由
 国は、2011年3月13日、福島原発事故を含む東日本大震災に対して、特定非常災害特別措置法に基づき、著しく異常で激甚な非常災害である「特定非常災害」に指定した 。
2012年4月17日、国が応急仮設住宅の供与期間を1年間延長するという通知(乙A24)を発出したのは特定非常災害特別措置法8条に基づいたもので、上記通知はこの法律に基づくことを明言している。
従って、建設型応急仮設住宅の場合、無償提供期間(供与期間)の延長の打切りの適用法令も同じく特定非常災害特別措置法8条である。   
 以上の通り、建設型応急仮設住宅について適用法令は明らかである。問題は建設型ではないが、応急仮設住宅の1つとされるみなし仮設住宅、その1つである国家公務員宿舎についての適用法令である。
以下、これについて検討する。

2、論点2(国家公務員宿舎の場合の適用法令)
(1)、結論
 国家公務員住宅の無償提供期間の延長及びその打切りの適用法令は建設型応急仮設住宅の場合と異なり、特定非常災害特別措置法8条でない。国家公務員住宅の無償提供期間の延長及びその打切りについて、特定非常災害特別措置法は「法の欠缺」状態にある。

(2)、理由
 特定非常災害特別措置法8条が建設型応急仮設住宅について、無償提供期間の更新の期間を1年間という短期間しか認めなかったのは、急ごしらえの建設型応急仮設住宅の安全面、防火面、衛生面を考慮せざるを得ないからで、それゆえ、更新の決定の行政主体も、建築基準法の建物を審査する特定行政庁とした。これには合理的な理由がある。

 しかし、そうだとすると、堅固な建物である国家公務員宿舎の場合に、更新の期間を同様に1年間という短期間しか認めないとする合理的な理由はない。 すなわち、堅固で、安全上も防火上も衛生上も基本的に問題のない建物である国家公務員宿舎の場合には建設型応急仮設住宅について定めた特定非常災害特別措置法8条を類推または拡張解釈する合理的な基礎がない。
よって、東日本大震災に対して適用される特定非常災害特別措置法は国家公務員宿舎の一時使用許可の期間及びその延長の期間については、これを決定する行政主体も含め、「現実の紛争事実に対して、法律から具体的な判断基準が直接引き出せない」という「法の欠缺」状態にある。

(3)、「法の欠缺」の補充           
 そこで、特定非常災害特別措置法の国家公務員宿舎の一時使用許可の期間及びその延長の期間、並びにその決定の行政主体について「法の欠缺」状態を補充(穴埋め)する必要がある。
まず、特定非常災害特別措置法の国家公務員宿舎の一時使用許可の期間及びその延長の期間について「法の欠缺」状態を補充(穴埋め)したのが準備書面(被告第2)第2、6(2)ウ(26~28頁)の記述である。 
次に、特定非常災害特別措置法の国家公務員宿舎の無償提供の期間の決定の行政主体について「法の欠缺」状態を補充(穴埋め)を検討したのが次の3、論点3である。     

3、論点3(国家公務員宿舎の場合の決定の行政主体)
(1)、結論
 国が決定主体であり、自治体の長ではない。

(2)、理由
 もともと特定非常災害特別措置法自体、全国の都道府県をまたぐほど広域にわたる過酷事故である原子力災害の発生を想定しておらず、そして、広域に及ぶ被害・避難が発生した福島原発事故に対して各自治体レベルで適切な対応をとるのは極めて困難な事情であることをかんがみれば、国家公務員宿舎の無償提供の期間(一時使用許可の期間及びその延長の期間)の決定についても、広域に及ぶ状況を把握している国をさしおいて他に適切な行政主体は見出し難い。
したがって、国家公務員宿舎の無償提供期間の延長の打切りもまた国が決定すべきである。

第3、結語
以上から、本件の国家公務員宿舎の無償提供期間の延長の打ち切りもまた国が決定すべきであった。
そのような国の決定がないまま延長を打ち切った本件はそれだけで重大な手続上の瑕疵であり、違法と言わざるを得ない。
 なお、以上は被告らの主位的主張であり、もしこれが認められない場合には予備的主張として、従前から主張している「災害救助法施行令3条2項に基づく福島県知事」が決定の行政主体であると主張するものである(その詳細は準備書面(被告第9)第2、3、(2)〔11~15頁〕参照)。
そして、この主位的主張と予備的主張についての主張整理は、今般提出の準備書面(被告第15)の中で明らかにした。
                                                        以 上



【第87話】緊急裁判速報:追出し裁判の福島地裁、次回期日(7月26日)で審理打切りを通告。避難先住宅ばかりか裁判所からも追出される避難者。これは居住権と裁判を受ける権利の二重の人権侵害である(2022.7.20)。

                (2021年5月14日 第1回期日 福島地裁前)

上の写真の通り、福島県が避難者に避難先建物の明渡しを求める裁判(避難者追出し裁判)が 昨年5月14日に福島地裁で第1回期日が開かれた(以下、その報告)。

 5.14世界の常識(国際人権法)でもって日本の非常識(避難者追出し)を裁く「避難者追出し訴訟」第1回口頭弁論の報告(2021.5.18) 

このときの被告(避難者)の主張は次の2点だった。
1、国難の責任者である国ではなく、福島県に原告の資格はない
国難である福島原発事故の救済に関する自主避難者の居住権の問題について、国の持ち物である国家公務員宿舎の明渡を、なぜ国難の責任者の国ではなく、なぜ国家公務員宿舎の持ち主の国ではなく、福島県が原告となって自主避難者を提訴できるのか、という原告適格の問題。

2、国際人権法に適合した法律の解釈をとれば、福島県の明渡し請求は認められない。
国内法の序列体系からすれば、国際法(条約)は法律の上位規範であり、本件に即して言えば、法律である災害救助法及びその関連法令の内容は国際法である国際人権法に矛盾抵触することはできず、これらの法律の内容は国際人権法に適合するように解釈されなければならない。
「国際人権法に適合した法律の解釈」――この基本原理を本件に当てはめれば、災害救助法及びその関連法令は「国内避難民となった原発事故被災者の居住権」を保障する社会権規約及びその内容を具体化、普遍化した一群の国際人権法に矛盾抵触することはできず、これらに適合するように解釈しなければならない。そこで、この国際人権法に忠実に災害救助法等を解釈すれば、原告の追出しの請求は認められないという結論が導かれる、という国際人権法の問題。

しかし、実はこの裁判では最大の謎が残っていた。それは、
福島県は一体いかなる法令に基づいて、そしていかなる調査に基づいて、いかなる論議を尽くして、
被告(避難者)の追出しを決定したのか、その決定のプロセスを決して明らかにしようとせず、闇の中に置かれてきたことである。

けれど、昨年の審理の中で、
被告(避難者)がこの点を追求する中で、少しずつ、福島県及び国の被告(避難者)の追出しの決定のプロセスが解明されてきた。

そこで、不完全とはいえこの間の解明を前提に、このたび、 被告(避難者)は初めて、本裁判で解明すべき中心争点を6つにまとめ、今後その真相解明を果すことを求める、この間の主張の集大成とも言うべき書面を作成、提出した。

被告準備書面(14)--仮設住宅の支援打切りの適用法令及び決定の主体について--

->その詳細は、【第88話】参照。

被告準備書面(15)--6つの抗弁の法律構成の骨子について--
->その6つの抗弁の詳細は、【第8】参照。

ここでようやく、本裁判は審理の夜明けに、本格的解明のとば口に立った。

ところが、その矢先に、裁判所は、昨日19日、次回で審理打切りを通告してきた。
これは臭いものに蓋をするという、被告
(避難者)の裁判を受ける権利の露骨な剥奪であり、被告(避難者)は国、福島県から迫害されるばかりか、人権の最後の砦とされる裁判所からも迫害されるという二重の人権侵害を受けている。

いま、世界は福島原発事故で避難を余儀なくされた避難者の人権侵害状況を憂慮し、国連人権理事会はその人権侵害状況の調査のため、セシリア・ヒメネス・ダマリー氏を特別報告者に任命し、その来日が確定している(9月26日~10月7日)。昨日の緊急裁判情報は、まるでダマリー特別報告者に、福島原発事故の国内避難民に対する迫害が日本政府のみならず、裁判所によっても実行されているという重大な事実を伝えるために行われたようなものである。

私たちは、もともと人権とは、原発事故が起きようが起きまいがそれに関係なく、誕生から死に至るまで一瞬たりとも途切れることなく、切れ目なく保障される生来の権利であり、
つまり、
原発事故が発生したからといって、被災者は一瞬たりとも人権を喪失することもなけれ、国家は人権保障を実行する義務を一瞬たりとも免れることもない。国家は途切れることなく、保障する義務を負い続ける。ここから避難者の救済を再定義し、本裁判でも主張してきた。

そうした基本的人権のエッセンスを踏まえた審理を実行するどころか、その実行にフタをすることだけに汲々とする福島地裁のやり方は、昨今の日本の常識だとしても、まぎれもなく世界の非常識である。
私たちは、避難者を追出そうと提訴した原告の福島県に対し、世界の常識(国際人権法)でもって日本の非常識(避難者追出し)を裁くという追求をしてきたのと同様、
追出し裁判の真相解明にフタをしようとする福島地裁に対しても、
世界の常識(国際人権法)でもって日本の非常識(真相解明にフタをして裁判を受ける権利を剥奪)を裁くという追求をする決意である。

次回の第8回裁判
日時:7月26日(火)午後1時30分(傍聴抽選券の配布は12時50分の予定)
場所:福島地方裁判所

当日の裁判前・後の集会の案内
 12時30分~12時45分 福島地裁前行動
 12時50分 傍聴抽選券配布
 13時30分~14時30分 第8回弁論 
 15時~16時 報告集会(参加費:無料)
 (福島市市民会館301号室(福島市霞町1番52号 福島地裁すぐ))


 


2022年6月14日火曜日

【第86話】5.18仙台高裁第3回子ども脱被ばく裁判の弁論の提出書面:明治以来の法学教育のエッセンス「拒絶法学」の最高峰「行政裁量論」への挑戦

  5月18日に仙台高裁で、子ども脱被ばく裁判の第3回口頭弁論が行われました。

当日(正式に提出扱いとなった)準備書面の主要なものと、その要旨陳述書面をアップします。

控訴人準備書面5(行政裁量論)

同書面の要旨

控訴人準備書面7(環境基準)

このうち、準備書面5は、実は、本年2月の前回の期日前に提出済みでしたが、その書面の冒頭に、
「本書面の記述は、控訴人らが考える行政裁量論の正しい適用の理想からみれば、今なお完成途上の不完全なものである。」
この程度が私たちの主張の全貌だなんて勘違いしない頂きたい、と偉そうに書いたのを裁判長に取り上げられて、
「未完成なようなので、完成したものを提出して下さい」
と完成を促されて、それで今回、再提出となったいわくつきのものです。

おかげで、この3ヶ月間、バージョンアップをする機会を与えられ、練り上げたのが今回提出の準備書面5です。

実は正直なところ、この書面を理解するのはかなり骨がおれます。
この書面のテーマが、「裁量」というものが認められる範囲内の行政庁の行為なら、行政庁が行った行為がどんなに不当だと言われようがそのために「違法」となることはなく、その結果、裁判所で責任追及されることもない、という「行政庁のお守り」みたいな「行政裁量論」に関するものだからです。

「行政裁量論」はおそらく、日本の裁判で問題となる法律問題のうちでも難問中の難問と言われるものです。

明治以来の日本の法学教育のエッセンスを「拒絶法学」(市民の要求を蹴っ飛ばすための法律の屁理屈)だと喝破したのは、戦前に自由法学を提唱した高名の民法学者末弘厳太郎ですが(以下の戒能道孝の講演参照)、
そのなかでも「行政裁量論」はこの「拒絶法学」の最高峰です。なぜなら、市民がいくら、その行政庁の行為は「違法」だと主張しても、いや、それは裁量の範囲内の行為だからとさえ言えば、それで市民の要求を蹴っ飛ばすことができるからです。

2018.12.22「チェルノブイリ法日本版学習会」のプレゼン資料112~114頁



しかし、市民の要求を蹴っ飛ばすための法律の屁理屈の最高峰が行政裁量論だとすれば、日本で市民の自己統治の社会を打ち立てるためには、どんなに困難でも、この屁理屈を蹴っ飛ばす「真っ当な理屈」を打ち立てることは避けて通れない課題です。
その無謀な試みが今回の準備書面5です。

2月に、裁判長が「ちゃんと完成したものを読みたい!」と言ってくれたんで、了解!と快諾したものの、「言うは易し、行い難し」だと内心、ヒーヒー言いながら、前人未到の議論を暗中模索してきました。
けれど、今回の行政裁量論の主張が成功しているかどうかを判定する人は、専門家ではなく、むしろ「市民の要求を蹴っ飛ばすための法律の屁理屈」でこれまでずっと苦しめられてきた私たち市民ひとりひとりです。

その積りで、裁判官だけではなく、傍聴する皆さんに理解してもらいたくて、裁判当日で読み上げる準備書面5の要旨を作成しました(そのPDFは->こちら)。

その要旨の当日の完成版もアップします(そのPDFは->こちら)。

私の今回の書面を作成した思いを、最後の結語のところにズバリ書きましたので参考までに、以下に転載します。

これが市民の自己統治の社会を打ち立てる上で、参考になれば幸いです。

          ***************

 第10、結語
 最後に2つのことを指摘しておきたい。
第1は、本書面に新たな事実の主張はない。全て原審で主張済みの事実ばかりである。それならなぜこれほど紙面を費やしたのか。ひとつにはそれは、原審で、控訴人らが血がにじむような努力をして、内部被ばく、低線量被ばくなど放射能の危険性を裏付ける事実・データを収集・主張して、放射能の危険性を証明しても、判決のゴール手前の所でこれら珠玉の事実・データがいとも軽々と無視され、無残に蹴散らされてしまうのを原判決で目撃したからである。その蹴散らす装置が行政裁量論である。控訴人らは福島原発事故の放射能の暴走を認めるわけにはいかないと同時に、原判決の行政裁量論の暴走も認めるわけにはいかない。そこで、何とか控訴人らが肯定できる「もう1つの行政裁量論」を提示し、その新たな判断枠組みの中に、これまで控訴人らが主張してきた重要な諸事実をもう一度当てはめて検討し直してみた時、原判決が示した世界とどれくらい違って見えるものか、実証したかったからである。

第2に、福島原発事故後に、行政裁量論が暴走したのは偶然ではなく、起きるべくして起きた理由がある。それは、福島原発事故で、未曾有のカタストロフィである福島原発事故に対応できるだけの「救済の法体系」が不在であることが判明したからである。あたり一面、ノールールの世界が出現した時、そこで、この真空地帯を埋めるのは行政庁の適切な裁量だと考えたのは原判決に限らない。だが、これは同時に行政権力の独走=暴走への道である。今日、行政裁量論に求められていることは個々の行政裁量の暴走に対する批判にとどまらず、行政裁量が暴走したくても暴走できないような構造的な判断枠組み作りである。この判断枠組みが適正に機能して行政裁量の暴走をストップできた時、行政裁量論の欺瞞を回避して正義に接近することが可能となる。そのとき初めて、我々の裁判は、内部被ばく、低線量被ばくなど放射能の危険性を裏付ける事実・データを正当に事実認定し、なおかつ正当に評価を与えることが可能となり、光学的欺瞞を回避して放射能の真実に接近できると信ずるものである。

2022年5月12日木曜日

【第85話】内堀福島県知事に対する「原発事故被害者政策に対する公開質問状」(2022.5.11)

はじめに

 311から11年目の今年3月11日に原発避難者が提訴した「原発避難者住まいの権利裁判」は、本来、人権とは原発事故が起きようが起きまいと、「誕生から死に至るまでどんなことがあろうとも、どこにいようとも一瞬たりとも途切れることなく、切れ目なく保障されるもの」であり、原発事故が発生したからといって、被災者は一瞬たりとも人権を喪失することもない。他方、国家も人権保障を実行する義務を一瞬たりとも免れることもなく、国家は途切れることなく、保障する義務を負い続ける--これが憲法の大原則なのに、
この大原則が311以来、すっかりどこかに忘れ去られているのではないか。その結果、福島原発事故から避難した避難者の居住権もまた、単なる行政からの恩恵にとどまり、 恩恵を施すのも終了するのもすべ行政の腹ひとつ、行政の考え次第でどうにでもなるものとして運用されてきたのではないか。もしそうなら、それは上の憲法の大原則に照らして根本的におかしいのではないか。
原発避難者住まいの権利裁判」はこの根本問題を正面から問う裁判です。
そこで、この裁判の中心テーマは、2017年3月末をもって応急仮設住宅の無償提供の打切りを決定した政策プロセスの真相解明、とりわけ災害救助法の建前からその決定権者とされる以下の内堀福島県知事の決断がいかなるものであったのか、その真相解明にあります(その詳細は->こちらを参照)。

                    日野行介「原発棄民」200頁より 
 

公開質問状 その全文のPDFは->こちら

この裁判の主役である内堀福島県知事に対し、本日、3つの市民団体が以下の公開質問状を提出しました。ここに示された質問は、ひとりこれらの市民団体にとっての課題にとどまらず、かつで誰も本気で想定していなかった福島原発事故を経験したわが国の住民全員が、好むと好まざるをかかわらず、背負うことになった宿命的な課題です。 是非とも、この問題に注視、注目して頂きたいと思います。







2022年3月12日土曜日

【第84話】3.11世界の常識(国際人権法)でもって日本の非常識(避難者追出し)を裁くもう1つの「原発避難者住まいの権利裁判」を提訴(2022.3.11)

はじめに

この国は戦後の新憲法制定により、人権の保障された国に生まれ変わりました。
ところで、人権とは個人の尊厳に由来し、人が人として生まれながらにして持つ権利であり、誕生から死に至るまで、どんなことがあろうとも、どこにいようとも、一瞬たりとも途切れることなく、切れ目なく保障されるものです。

つまり、
原発事故が起きようが起きまいと人権は切れ目なく保障されるものであり、原発事故が発生したからといって、被災者は一瞬たりとも人権を喪失することもなければ、他方、国家も人権保障を実行する義務を一瞬たりとも免れることもありません。国家は途切れることなく、保障する義務を負い続ける、これが憲法の帰結です。

ところが、
2011年の福島原発事故が発生して以来、日本政府は、この当たり前の原点を忘れたかのように、被災者に対し政府の指示通りに行動せよ、さもなければ応急仮設住宅の無償提供といった恩恵も施しもないぞと言わんばかりに、(勧告・推奨という体裁を取り繕っているものの、その実質は)上からの指示命令で被災者を取り扱ってきました。そこには、「人権とは誕生から死に至るまでどんなことがあろうとも、どこにいようとも一瞬たりとも途切れることなく、切れ目なく保障されるもの」という原理は忘れ去られたかのようでした。それは、子ども被災者支援法の運用に端的に示されているように、被災者に恩恵を施すのも終了するのもすべて政府の腹ひとつ、政府の考え次第でどうにでもなることでした。

その結果、
被災者は、政府の都合で、一方的に、政府が被災者に差し出した恩恵や施しの終了を宣言され、避難者の居住についても、やっと辿り着いた避難場所から追い立てられるという目に遭ったのです。その端的なケースが、東京の国家公務員宿舎に避難先として辿り着いた避難者に対し、そこから出て行けと追出しの裁判をかけられた「避難者追出し裁判」です。

しかし、
これは避難者を人権の主体と認めず、政府の都合次第でいかようにも扱われる、人権侵害行為ではないか。それならば、追出しの裁判をかけられる前に、避難者自らが行政を被告にして、避難者を行政の都合で避難先から追出すことを決めた決定が人権(居住権)侵害であり違法であるという判断を求めて提訴することにしたのです。それが3月11日、11名の避難者による「住まいの権利裁判」の提訴です。

提訴・提訴後の報告集会の写真と動画


動画 UPLAN 原発事故避難者住まいの権利裁判提訴と提訴報告集会


奇々怪々の裁判 
  以下が、提訴した訴状と証拠一式です。

訴状     ->PDF
訴状の要旨 ->PDF
証拠一式の証拠説明書
  甲A関係(応急仮設住宅供与の事実経緯)     ->PDF
  甲B関係(国際人権法)                 ->PDF
  甲C関係(放射能の汚染状況、人体への影響等) ->PDF

訴状を見てあれっと思うのが、行政が起した「避難者追出し裁判」といい、避難者が起した「住まいの権利裁判」といい、避難者の追出す行政の主体が福島県だということです。
けれど、
東京東雲の国家公務員宿舎の持ち主は国であって、福島県ではありません。建物の持ち主でもない福島県がなぜ明渡せという裁判を起せるのか、誰が考えてもおかしい。
また、
東京東雲の国家公務員宿舎を避難者に提供したのは東京都であって、福島県ではありません。建物の提供者でもない福島県がなぜ明渡せという裁判を起せるのか、誰が考えてもおかしい。

その理由はこうです。
被災者の救済を具体的に決める行政の主体は、被災県の首長だと、本件なら福島県知事だと災害救助法で定めてある(3条)。
そして、
内堀福島県知事は2015年6月15日、2017年(平成29年)3月31日をもって区域外避難者に対する応急仮設住宅の供与を打切り、延長しないという重大な決断を下した(以下がその時の記者会見)。


                    日野行介「原発棄民」200頁より

つまり、2017年3月末をもって応急仮設住宅の無償提供を打ち切り、避難者を追出すと決めたのは福島県知事なんだから、福島県がその尻の始末もしろ、と。

今回の裁判のテーマ
そういう理屈であれば、この2015年6月15日の内堀福島県知事の決定こそ、そのあとの避難者追出し行為の原点となった諸悪の根源であるから、この「住まいの権利裁判」でも、この福島県知事決定の違法性を、それが決定されるプロセスのすべての局面にわたって、人権侵害など看過し難い誤りをおかしていないか、徹底的な事案解明を求めたい、これが訴状の内なる声です。
これを具体的に示すと、次の通りです。

世界の常識である国際人権法の自覚
311後でハッキリしたことの1つが、「世界の常識が日本の非常識」であり、「日本の常識が世界の非常識」だということです。その姿が「避難者追出し裁判」でも「住まいの権利裁判」でも反映しています。
だからこそ、
私たちはこの歪みをただし、「世界の常識が日本の常識」であり「日本の常識が世界の常識」となることをめざして、訴状の中で、福島県の避難者追出し行為は国際人権法が「国内避難民に認める居住権」という人権を侵害するもので、世界の常識からみたら到底通用するものではないことを正面から掲げました。

日本の非常識である行政裁量論の暴走のストップ
他方で、
これまで、行政はことあるたびに、自分たちの政策決定を、行政裁量(一定の範囲で行政庁に自由な判断を認め、その限りで違法とはならない)の適切な行使だと言って、正当化してきました。しかし、たとえ行政裁量を認める余地があるとしても、その判断が人権侵害など不適切な行使に及ぶ場合には、それは許されず、違法を免れないことは当然です。その点を明確にして、この裁判でも、裁量の名の下に、行政の横暴、独走を見過ごさないことを訴状のテーマに掲げました。  

原発事故救済に関する全面的なノールール(無法状態)の抜本的解決
さらに、
311まで日本政府は原発事故の発生を想定していなかった。だから、原発事故が発生したあとの具体的な救済は何も定めていなかった。これが原発事故救済に関する全面的なノールール(無法状態)です。
実は、半世紀前にも同じ問題が起きました。それが公害です。この日本に深刻な公害が見舞った時、時の佐藤栄作自民党政権は、公害の救済に関する全面的な無法状態に対し、公害対策基本法から「経済の健全な発展との調和が図られるようにする」という調和条項を削り、命・健康の擁護を最優先とする姿勢に大転換する法改正を行い、さらに水質汚濁防止法の制定など公害問題に関する14の法令を矢継ぎ早に制定して、立法的に無法状態を解決しました(1970年の公害国会)。しかし、311後の日本政府は、半世紀前のこの教訓から学ばず、原発事故救済に関する全面的な無法状態に対し立法的な解決を図らず、野放しにした。今、そのツケが避難者の上から人権侵害と見舞っている。であれば、この裁判でも、この問題を取り上げざるを得ない。それが、立法的解決に代わる司法的解決です。

抜本的な司法的解決の導きの星は米沢が生んだ民法の神様「我妻栄」
立法的解決に代わる司法的解決というのは、
原発事故救済に関する無法という穴だらけの状態を法律の解釈によってその穴埋めをすることです。私たちにはそのためのモデルがあります。百年前、米沢が生んだわが国最高の法学者であり、民法の神様とうたわれ、長く民法学の中心的存在だった我妻栄が唱え、終生の課題とした法律解釈の次の方法論です。
社会事情の著しき変遷に対し現時の新しい倫理観念に適合した法律の解釈はいかにして可能であるか」です(1926年「私法の方法論に関する一考察」)。

       (いずれも、ジュリスト臨時増刊1974年6月21日号「特集我妻法学の足跡」より)

我妻の教えを本裁判に適用すると、
原発事故という未曾有の大災害に対し、国際人権法に適合する法律(災害救助法等)の解釈はいかにして可能であるか」です。

この問題を訴状でも、我妻が取り組んだ法律解釈の方法論の原点に立ち戻り、「新しい酒は新しい革袋に盛れ」に従って、311が私たちに示した新しい酒(原発事故の救済)」に相応しい「新しい革袋(法解釈)」に盛ることを、この裁判の中心テーマにしたのです。


それが以下の訴状目次です。

                    目 次
第1、本件裁判の概要                                3頁
第2、原発事故の救済に関する全面的な「法の欠缺」状態の発生    
 1、はじめに――原発事故救済に関する法律の再建の必要性――      9頁
2、311までの法律の現状(災害救助法等のノールール)               10頁
 3、311以後も災害救助法等の「法の欠缺」状態                        11頁
 4、小括――「法の欠缺」状態の解消を図る司法的解決――            11頁
第3、311後の原発事故救済に関する法律の解釈の再構成         
 1、再構成のための「法解釈」の方法論                                   11頁
2、法律の対象となる「社会現象」の探求                         
  (1)、はじめに                                                              12頁
 (2)、放射線被ばくによる健康被害の時間的影響について丸山真男の証言 13頁
 (3)、チェルノブイリ事故による健康影響についての2つの証言           13頁
 (4)、福島原発事故がもたらす放射能汚染及び健康被害の影響が時間的にも類例を見ないほど長期にわたり深刻なものであること                                14頁
3、法律によって実現すべき「理想」(指導原理)の探求 
 (1)、国内法の理想(指導原理)                                             26頁
 (2)、国際人権法の理想(指導原理)          
  ア、国際人権法の登場                                                  27頁
  イ、難民に関する国際人権法の理想(指導原理)                       27頁
  ウ、国際人権法に登場した居住権の理想(指導原理)
   (ア)、居住権に関する国際人権法の沿革及び概要                      28頁 
   (イ)、社会権規約に登場した国際人権法の理想(指導原理)           28頁
   (ウ)、一般的意見第4に登場した国際人権法の理想(指導原理)      29頁
   (エ)、一般的意見第7に登場した国際人権法の理想(指導原理)       31頁
   (オ)、国内避難民に関する国際人権法の理想(指導原理)              33頁
   (カ)、社会権規約委員会作成の「総括所見」に登場した国際人権法の理想(指導原理)                                                                     36頁
4、社会現象を法律の理想に従った「法律構成」の探求(総論)
 (1)、序列論                                                                 38頁
 (2)、条約の解釈の方法                                                      38頁
 (3)、上記(1)及び(2)の基本的立場の帰結                                   38頁
 (4)、全面的な「法の欠缺」という本件に特有事情からの帰結        39頁 
5、社会現象を法律の理想に従った「法律構成」の探求(各論1)
 (1)、はじめに                                       42頁
 (2)、住居への入居(アクセス)                                              42頁
 (3)、入居した住居への継続的居住                                         42頁
 (4)、入居した住居からの強制退去                                          42頁
6、社会現象を法律の理想に従った「法律構成」の探求(各論2)
 (1)、はじめに                                                                43頁
 (2)、区域外避難者に対する住宅支援の提供及び打切りの法的枠組み    44頁 
 (3)、区域外避難者に対する住宅支援の打切りに関する法令の再構成
ア、区域外避難者に対する住宅支援の打ち切りに関する法令            45頁
イ、災害救助法施行令第3条第2項等の趣旨                              46頁
ウ、災害救助法施行令第3条第2項等の再構成                           47頁 
(4)、小括                                                                      48頁
第4、被告の公務員による違法行為1(本件福島県知事決定)
 1、はじめに                                                                49頁
2、再構成された法令に基づく本件の検討                                 49頁
3、被告からの反論「原告らは現在も「国内避難民」か」                  50頁
4、小括                                                                       51頁
第5、行政裁量論の概要
1、    はじめに――被告に残された反論の可能性――                      51頁          
2、    311後に出現した新たな論点と行政裁量論者の重大な見落とし    51頁
3、行政裁量論の正しい吟味――2つの論点(①裁量の有無と②裁量の違法)の検討――                                                                       52頁
第6、行政裁量論の第1の論点(裁量の有無)
1、    第1の論点「裁量の有無」の検討(一般論)                           53頁
2、    第1の論点「裁量の有無」の検討(本件)                             53頁
3、本件福島県知事決定の検討(法の趣旨に反し違法か否か)            54頁
第7、仮定主張:行政裁量論の第2の論点(裁量の逸脱濫用の有無)
1、第2の論点「裁量の逸脱濫用の有無」の検討(一般論)         
 (1)、はじめに                                                               55頁
(2)、行政庁の「判断過程」                                                  56頁
(3)、行政庁の「判断過程」の各局面における検討                        57頁
2、第2の論点「裁量の逸脱濫用の有無」の検討(本件)
  (1)、結論                                                                 59頁
(2)、理由(福島県知事の「判断過程」における看過し難い過誤)         63頁  
 3、小括                                                                     66頁  
第8、被告の公務員による違法行為2(その他)
 1、はじめに                                                                 66頁
 2、「復興公営住宅」の避難先での建設のサボタージュ                   66頁
 3、県に住む親族に原告の立退きを求める行為に出たこと               68頁 
 4、小括                                                                     68頁
第9、精神的苦痛による損害                                                 69頁
第10.結語                                                                    70頁
        


2021年10月31日日曜日

【第83話】法律の発見(2021.10.31)

なぜか、町内の自治会から、自治会の広報誌に原稿を書けと依頼された。テーマは「近隣トラブルに遭わないための対処法」。そんなノウハウ、書けるはずない。第1、そもそも存在しない。しかし、拝み倒され、書く羽目となった。そこで、窮した挙句、法律原理主義に還れ、を書くことにした。それが以下の雑文である。

  ***************

 法律の発見

はじめに
10年単位で考える癖がある。10年前の2011年は日本史上未曾有の人災が発生、10年後の今は世界史上未曾有の天災(人災?)のさ中。こんな激動の10年は初めて、一体自分がどこにいるのか、どこへ行くのか分からなくなる。そんな時の対処方法の一つが「原点に還ること」。では、紛争解決のモノサシとされる法律についてはどうか。

法律家の正体

「法律家とは何者?」と問われたら、私の答えは「法律を一番信用していない連中」。法律とは表向き、紛争を解決するモノサシと言われるがそれは全くの幻想であって、法律こそ紛争を作り出す魔法のことであり、そのことを法律家は熟知しているから。もともと自然の世界も人間の世界も複雑精妙で分からないことだらけである。だから、その世界で発生した紛争に対し万人が納得のいくように解決のモノサシを用意すること自体が土台無理な注文である。にも関わらず、それを用意したことにしたのが法律。それは一見、美しく整合性が取れているように作られているが、しかし、ひとたび紛争の中にほおりこまれるとそんなやわなモノサシが使い物にならないことはすぐ判明する。紛争という複雑怪奇な世界を前にして、法律は穴だらけ、使い物にならないことが示される。

13年費やした或る裁判
私の専門は著作権で、駆け出しの頃にやったのが、ある作家が自分の作品をNHKが大河ドラマの原作として無断で使用したと訴えた裁判だった。著作権法という法律にはドラマの原作者を保護する条文がある。だがどの場合に著作権の違反になるのか、具体的な基準が何も書いてない。その結果、裁判では原告の作家と被告NHKが、著作権の違反についてめいめい自分が信ずる基準を主張し、裁判所に判断を仰いだ。原告の作家も「著作権法は私の味方。私は勝てる」と確信したらしく、13年間最高裁まで争ったが負け続けた。今でも忘れられないシーンがある。数回の裁判の後、裁判官が原告被告双方の代理人を非公開の部屋に呼んでこう言った――この間、お二人の主張を聞きましたが、正直な所、どうやってこの事件を解決してよいのか、私にはさっぱり分かりません。皆さんもどうなんですか。すると、この問いに、双方の代理人ともニヤニヤと苦笑するばかりだった。それを見て、私は密かに思った、そうなんだ、ここにいる人たちは誰一人、この裁判の解決のモノサシが何であるか確信が持てない。そのため、めいめいが自分の信ずる所に従い紛争の解決基準(法律)を主張するしかなく、裁判官も裁判官で、手探りで、暗闇の中から、えいやあと自分の信ずる所で結論を示すしかない。この誠に心細い、実に不安の中で暗中模索する作業が法律の世界なんだ、と。

法律の原点
それがこの10年間でますますハッキリした。法律が信用できないことがハッキリした時、どうするか。法律の原点に帰るしかない。私にとってそれは次の2つである。1つは、真実を畏れること。どんな不都合な真実であろうとも、それと向き合う勇気を持つこと。そして自分を愛するように他人を愛すること。憲法は「人間」を最高の存在と認め、自分の人権にこれ以上ない高い価値を認める。と同時に、他人の人権にもそれと同様の高い価値を認める。だから、自分の人権を愛するのと同様に、他人の人権も愛することが求められる。この原点さえ見失わない限り、法律がどんなに穴だらけで信用できず、紛争解決の使い物にならない時でも、嘆きは無用。その空洞の中から新たな法律を創り出し、紛争を解決することが出来るから。その意味で現代はアマチュアの時代、コモンセンスの時代である。法律が穴だらけとなった今日、私たち一人一人こそ法律家となることが求められている時代である。
                                                    (2021.10.31)

 

【第186話】もうひとりの新老年の盟友、大庭有二さんとの対話(26.3.15)

      2025年8月長野県松本駅(左が大庭さん、その右が菅谷昭さん) ◆ はじめに  以下を書きながら、なんでもっと早く、大庭さんが新老年の盟友のひとり=真の友であることに気がつかなかったのかと、己の鈍感力に無力感に襲われている。 ◆ 本論 大庭有二さんとは、子ども同士が、...