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2021年10月31日日曜日

【第83話】法律の発見(2021.10.31)

なぜか、町内の自治会から、自治会の広報誌に原稿を書けと依頼された。テーマは「近隣トラブルに遭わないための対処法」。そんなノウハウ、書けるはずない。第1、そもそも存在しない。しかし、拝み倒され、書く羽目となった。そこで、窮した挙句、法律原理主義に還れ、を書くことにした。それが以下の雑文である。

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 法律の発見

はじめに
10年単位で考える癖がある。10年前の2011年は日本史上未曾有の人災が発生、10年後の今は世界史上未曾有の天災(人災?)のさ中。こんな激動の10年は初めて、一体自分がどこにいるのか、どこへ行くのか分からなくなる。そんな時の対処方法の一つが「原点に還ること」。では、紛争解決のモノサシとされる法律についてはどうか。

法律家の正体

「法律家とは何者?」と問われたら、私の答えは「法律を一番信用していない連中」。法律とは表向き、紛争を解決するモノサシと言われるがそれは全くの幻想であって、法律こそ紛争を作り出す魔法のことであり、そのことを法律家は熟知しているから。もともと自然の世界も人間の世界も複雑精妙で分からないことだらけである。だから、その世界で発生した紛争に対し万人が納得のいくように解決のモノサシを用意すること自体が土台無理な注文である。にも関わらず、それを用意したことにしたのが法律。それは一見、美しく整合性が取れているように作られているが、しかし、ひとたび紛争の中にほおりこまれるとそんなやわなモノサシが使い物にならないことはすぐ判明する。紛争という複雑怪奇な世界を前にして、法律は穴だらけ、使い物にならないことが示される。

13年費やした或る裁判
私の専門は著作権で、駆け出しの頃にやったのが、ある作家が自分の作品をNHKが大河ドラマの原作として無断で使用したと訴えた裁判だった。著作権法という法律にはドラマの原作者を保護する条文がある。だがどの場合に著作権の違反になるのか、具体的な基準が何も書いてない。その結果、裁判では原告の作家と被告NHKが、著作権の違反についてめいめい自分が信ずる基準を主張し、裁判所に判断を仰いだ。原告の作家も「著作権法は私の味方。私は勝てる」と確信したらしく、13年間最高裁まで争ったが負け続けた。今でも忘れられないシーンがある。数回の裁判の後、裁判官が原告被告双方の代理人を非公開の部屋に呼んでこう言った――この間、お二人の主張を聞きましたが、正直な所、どうやってこの事件を解決してよいのか、私にはさっぱり分かりません。皆さんもどうなんですか。すると、この問いに、双方の代理人ともニヤニヤと苦笑するばかりだった。それを見て、私は密かに思った、そうなんだ、ここにいる人たちは誰一人、この裁判の解決のモノサシが何であるか確信が持てない。そのため、めいめいが自分の信ずる所に従い紛争の解決基準(法律)を主張するしかなく、裁判官も裁判官で、手探りで、暗闇の中から、えいやあと自分の信ずる所で結論を示すしかない。この誠に心細い、実に不安の中で暗中模索する作業が法律の世界なんだ、と。

法律の原点
それがこの10年間でますますハッキリした。法律が信用できないことがハッキリした時、どうするか。法律の原点に帰るしかない。私にとってそれは次の2つである。1つは、真実を畏れること。どんな不都合な真実であろうとも、それと向き合う勇気を持つこと。そして自分を愛するように他人を愛すること。憲法は「人間」を最高の存在と認め、自分の人権にこれ以上ない高い価値を認める。と同時に、他人の人権にもそれと同様の高い価値を認める。だから、自分の人権を愛するのと同様に、他人の人権も愛することが求められる。この原点さえ見失わない限り、法律がどんなに穴だらけで信用できず、紛争解決の使い物にならない時でも、嘆きは無用。その空洞の中から新たな法律を創り出し、紛争を解決することが出来るから。その意味で現代はアマチュアの時代、コモンセンスの時代である。法律が穴だらけとなった今日、私たち一人一人こそ法律家となることが求められている時代である。
                                                    (2021.10.31)

 

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