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2020年9月10日木曜日

【第44話】6年間の脱被ばく子ども裁判の審理終結にあたって(その3)被告と裁判所の不退転の決意 (2020.9.10)

子ども脱被ばく裁判」が提訴審理された福島地方裁判所
                        裁判所のHPより

3:被告と裁判所の不退転の決意

それは、原告被告双方の代理人全員が初めて勢ぞろいした2015年2月の進行協議の場だった。この協議に参加した弁護団長の井戸さんは終了後に思わずこう呟いた。
ふんどしを締めてかからなければ
              
進行協議前の裁判所前での集会の井戸弁護士

この日、会場の大会議室は、あと1名の追加すらなほど被告国らの代理人が5060人、ぎゅうぎゅう詰めで参加(そのときの席の配置図は→こちらを参照)。


集団疎開裁判では、被告郡山市は「不知」を連発するだけの無気力・無関心・無責任の三無主義だったのに、この時、被告国らは「この裁判は絶対負けれない」という不退転の決意を、まず代理人の数という物量戦で示してみせた。しかも、想定外の事態は量だけの問題では済まず、さらに質の問題でも示された。

つまり被告らの不退転の決意は直ちに審理の内容で示された。
それが2016年2月の第3回の期日で、裁判所が、被告らの不退転の決意を受け入れ、原告の意見を聞くこともせずにいきなり、福島市ほか全部で7つの基礎自治体を被告とする子ども裁判[1]を「訴えの中身の特定が不十分だ」という理由で一方的に審理打ち切り、門前払いの判決をしようとしたからだった。
裁判所によるこの想定外の強引な不意打ちに弁護団は必死に抵抗、首の皮一枚で、この日の子ども裁判の審理終結を阻止。
「勝利まであと一歩の疎開裁判の判決」からスタートするはずだったのが、あにはからんや「審理のためのリングにあがることすらできないまま、門前払いで蹴散らされる」結果に転落し玉砕する寸前となった。
この時、弁明のワンチャンスをもらった原告弁護団は、真っ青になって、ありとあらゆる判例、文献を調べ上げ、なぜ子ども裁判の訴えの中身が法律的に「特定」として十分であるかをまとめ、さらに「特定」に必要な地図を精緻化、再提出した。また門前払い反対の原告・支援者の声を裁判所に届けた。
これらの抵抗を前に裁判所は、2016年8月、ついに門前払いの断念を正式に表明。
早々と第回目の期日で裁判所が「門前払いはしない、実体審理に入る」と宣言した集団疎開裁判に比べ、今度の裁判は審理のためのリングにあがるまでに提訴から実に2年を要した。
しかし、想定外の事態は門前払いの問題だけではなかった。リングにあがって審理する段階でも発生したのである。


[1]現在、福島県内の小中学校に通う子どもが原告になり、小中学校の設置者である基礎自治体(市町村)に対し、憲法で、子どもたちに被ばくの心配のない安全な環境で教育を受ける権利が保障されていることの確認を求める裁判。

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                目 次


【第43話】6年間の脱被ばく子ども裁判の審理終結にあたって(その2)提訴まで (2020.9.10)

子ども脱被ばく裁判」が提訴審理された福島地方裁判所
                        裁判所のHPより

2:提訴まで

2013年4月、その約2年前に提訴した集団疎開裁判の二審で、仙台高裁は、事実認定は原告主張を全て認め、しかし避難という法律問題(結論)は却下という「狐につままれた、勝訴まであと一歩の判断」を下した。
この時私たちに残された課題はこの馬鹿げた理不尽をただすことだった。勝利の登頂まであと一歩、「ここがロードス島だ、ここで跳べ!」と、直ちに第二次訴訟の原告探しに着手した、集団疎開裁判が2011年5月、郡山市の「子ども福島」の集会ですぐさま原告団が見つかったように。
しかし、ここで想定外の事態が起きた。

それは、2011年と違い、2年後の福島県では「同調圧力」という見えない厚い壁に阻まれ何度チャレンジしても待望の原告が現れず、とうとう裁判断念まで覚悟した。
しかし、どん底に沈んだ2013年暮れ、「決心がつきました」と1通のお母さんからのメールが届き、「同調圧力」の壁に一つの穴がこじ開けられた。
これでめでたく提訴問題は解決と思ったところ、だが、そこからさらに提訴までの道のりは険しく、原告辞退と再募集、訴えの中身をめぐる深刻な意見対立というジグザグの中で、ようやく2014年8月、提訴に辿り着いた。
勝利のゴールまであと一歩の裁判を起こすために、こんなに大変な目に遭うとは思ってもみなかった。ところがいざ裁判がスタートしたら、そこでも想定外の事態が起きた。

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                目 次


【第42話】6年間の脱被ばく子ども裁判の審理終結にあたって(その1)はじめに(2020.9.10)

子ども脱被ばく裁判」が提訴審理された福島地方裁判所
                        裁判所のHPより

1:はじめに

脱被ばく子ども裁判は提訴以来6年目の202028日、審理を終結し、あとは判決という裁きを待つばかりとなった。
しかし、普段の裁判では稀有なことだが、この裁判では実は「裁き」は既に何度も下っていた。なぜなら、この裁判では想定外の局地戦が何度も行われ、その都度、当事者双方がその正体を裁かれ、暴かれるという試練に遭っていたからである。
同時にこの試練は、その都度私たち一人一人に、暴かれた被告(国・福島県ら)の正体を鏡にして、福島原発事故で私たち自身が経験せざるを得なかった空前絶後の出来事がいったい何であったのか、その意味を再吟味し再発見するという貴重なふり返りの機会を突きつけた。
そして、この見えない「裁き」の試練をくぐり抜けた者は、そこで再発見した自分や被告(国・福島県ら)の姿を糧に、今ここから生き直すという決意をひそかに、新たにしたのである。だからこそ、6年もの長きにわたってこの裁判と取り組むこともできたのだ。
以下は、その振り返りのひとつの試み=個人史である。

【第41話】311以後、理不尽、不条理の極みにある福島の現実に対する異議申立てにトドメを刺す最後の書面を提出を提出(2014.7.20)

【第40話】子ども脱被ばく裁判、311以後、理不尽、不条理の極みにある福島の現実に対する異議申立ての集大成、憤怒の書面を提出(2014.7.1)

子ども脱被ばく裁判は、裁判所から当事者双方に、2020年6月30日までに最終準備書面を提出すること、そして、これに対してなお反論がある場合には7月20日までに書面を提出することを指示した。
原告は7月1日に、311以後、理不尽、不条理の極みにある福島の現実に対する異議申立ての集大成、憤怒の書面として最終準備書面を提出。これに関する記事は->こちら
他方、被告国、福島県も最終準備書面として以下の書面を提出。
被告国
最終準備書面(1)
最終準備書面(2)

被告福島県
準備書面(18)

これに対し、原告は、 この中に「見過ごせない主張がある」として、急遽、これに対する反論を準備、被告主張にトドメを刺すべく、7月20日付で、以下の反論の書面(準備書面(77・最終の補充)を提出。その全文はこちら

なお、福島地裁の子ども脱被ばく裁判で主張書面を提出するチャンスはこれが最後だった。
判決は3月1日午後1時30分。

                     (クリックすると全文が表示)
http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear3/200720Xassert77.pdf

2020年7月4日土曜日

【第40話】子ども脱被ばく裁判、311以後、理不尽、不条理の極みにある福島の現実に対する異議申立ての集大成、憤怒の書面を提出(2014.7.1)

【第41話】311以後、理不尽、不条理の極みにある福島の現実に対する異議申立てにトドメを刺す最後の書面を提出を提出(2014.7.20)

子ども脱被ばく裁判の最終準備書面287頁が今朝、完成。
これから印刷、福島の裁判所と被告国ほか代理人に配達作業に向け、出発。
以下、その冒頭の目次(なお、全文〔誤記訂正後の完全版〕は->こちら)。




弁護団は今回、2014年8月の提訴以来の集大成の積りでこの書面の作成に取り組んだ。その血と汗の結晶のような書面を見て、思わず、山本太郎の2011年10月15日の郡山デモでのスピーチを思い出した。
どうして(ふくしま集団疎開)裁判をしなくちゃいけないんだ?おかしいじゃないですか!国が率先して子どもたちを逃がす、そうしなけりゃダメなんですよ
https://www.youtube.com/watch?v=ufhARInF2m4

そうだ、
どうして、こんな膨大な書面を作成しなくちゃいけないんだ?おかしいじゃないですか!国が率先して子どもたちを逃がす、そうしなけりゃダメなんですよ

そうだ、この書面は、311以後、理不尽、不条理の極みにある福島の現実に対する異議申立ての集大成、憤怒の書面だ。
311以後に出現した、正義と不正義が入れ替わった世界、被害者と加害者が入れ替わった世界、一言で言ってあべこべの世界、このあべこべを正せる政治家は山本太郎しかいない。これと同じ意味で、この憤怒の書面が「一粒の麦として地に落ち、死んで」、311以後のあべこべの世界を正す大きな声として実を結ぶことをひそかに願っている。
                                             (福島に向け、出発する朝)

【第39話】太郎再発見:311後のあべこべの社会を正せる政治家は山本太郎しかいない(2020.7.3)。

2020年7月3日金曜日

【第39話】太郎再発見:311後のあべこべの社会を正せる政治家は山本太郎しかいない(2020.7.3)。

311原発事故後の社会。そのエッセンスはあべこべにある。
原発事故を起こした加害者たちは、救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、「経済復興」と叫んで堂々と開き直り、
命に危険にさらされた被害者は「助けて」という声すら上げられず、上げようものなら経済「復興」の妨害者として迫害される。
あたかも密猟者が狩場の番人を、盗人が警察官を、演じている。安全を振りまくニセ科学が科学とされ、危険を警鐘する科学がニセ科学扱いされる。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる。これをあべこべの不条理な社会と呼ばずして、何と呼んだらいいのか。

では、311後の理不尽なあべこべは正すことができるだろうか。
できる。では、どうやって?
それもまた311後のもう1つのあべこべによってである。
311原発事故のあと、それまでにはなかった出来事が起きた。
それまで、市民運動に縁がなかった人たちの中から、それこそ取り憑かれたかのように放射能の危険性について猛勉強し、猛烈に行動する人たち(新人類)が出現したからである。
例えば郡山市の長谷川克己さん、松本徳子さん。
二人は、事故直後、どこにそんなエネルギーがあるのかと思うほど測定を行い、信頼できる学者・医師の講演会を求めて参加するなどメチャクチャ行動した。
まさしく、「放射能から自分の子どもと家族、そして人々の命、健康、暮らしを守りたい」とそのために自分で出来ることは全てみずから努力し、検討し、選択して行動しようと一心不乱で取り組んで来た。
だからこそ、人々の命、健康、暮らしを守ることが存在理由である日本政府、福島県に対し、その怠慢ぶり、無為無策という犯罪に対しても、当然のことながら、誰よりも情け容赦ない批判が及んだ。

そのような新人類の一人が山本太郎。
彼もまた、311までは市民運動とは全く縁がなかった、ただの役者。
それが311で雷に打たれたように変貌し、放射能から人々の命、健康、暮らしを守りたい」とそのために自分で出来ることは全てみずから努力し、検討し、選択して行動しようと一心不乱で取り組む市民の一人となった。
だから、彼もまた、人々の命、健康、暮らしを守ることが存在理由である日本政府がそれを果さないことに対し、常識を突き抜けた、情け容赦ない批判を加えた。例えば、2011年10月15日、郡山市でやったふくしま集団疎開裁判のデモ。デモ前のスピーチで山本太郎はこう発言した。
どうして(ふくしま集団疎開)裁判をしなくちゃいけないんだ?おかしいじゃないですか!国が率先して子どもたちを逃がす、そうしなけりゃダメなんですよ
疎開裁判を全否定された――当時、疎開裁判の弁護団長だった――私は、これを聞き、思わず「そうだ、なんで、こんな裁判をしなくちゃいけないのか。おかしい!」と合点した。

311後の正義と不正義が入れ替わったあべこべの世界を正すことができる人というのはこういう人、あべこべを自ら身をもって生きている人である。なぜなら、山本太郎はあべこべを正すことが自分の天命であることを311を経験する中で身をもって知ってしまったからである。

311後のあべこべの社会を正せる政治家は山本太郎しかいない。

(動画)2011年10月15日郡山デモ:山本太郎スピーチ(動画)

2020年5月23日土曜日

【第38話】福島県伊達市のお母さんたちが立ち上げた市民団体の会報創刊号発行

このたび、伊達市の市民の島明美さんらが中心となって作った市民団体「個人被ばく線量計データ利用の検証と市民生活環境を考える協議会」(2019年5月設立)の会報の創刊号が発行されました(会報創刊号のPDF→ )。

島明美さんは、福島県伊達市で2012年から大々的に始まった、市民にガラスバッチを配布し、個人線量を測定するプロジェクトに当初から不安、疑問を抱き、この測定によって得られた市民の個人データ(それは市民の命、健康に関わる重要な市民の共有財産)がひそかに濫用されているのではないかと疑い、この測定データを解析したとする宮崎早野論文について、2年前の12月、東大と福島県立医大に、宮崎早野論文の研究不正の真相解明を求める申立を行ないました(→その報道記事)。その後もずっと、この測定データの取り扱いについて、不正がなかったか真相解明を続けている人です。

これは、
昨今の、疑惑でも不正でもなんでも「なかったことにする」「忘れたことにする」「ガマンする」風潮に正面から逆らって、
「なかったことにはさせない!」
「忘れたことにはさせない!」
「ガマンなんかしない!」
という信念の風を福島県伊達市の町から起こした勇気ある行動です。


【第186話】もうひとりの新老年の盟友、大庭有二さんとの対話(26.3.15)

      2025年8月長野県松本駅(左が大庭さん、その右が菅谷昭さん) ◆ はじめに  以下を書きながら、なんでもっと早く、大庭さんが新老年の盟友のひとり=真の友であることに気がつかなかったのかと、己の鈍感力に無力感に襲われている。 ◆ 本論 大庭有二さんとは、子ども同士が、...