避難者追出し裁判の控訴審の中で、宇都宮大学国際学部教授の清水奈名子さんに、自主避難者の人権について、国際人権法の立場から明らかにし、とりわけ昨秋来日し避難者の人権状況をつぶさに調査した国連特別報告者ダマリーさんが5月に国連人権理事会に提出した公式報告書の本裁判に関連する部分を詳しく引用、解説した意見書を作成して頂きました。書証として裁判所に提出し、そのあと、ご本人を証人として法廷で証言して貰う積りでしたが、【108話】でお知らせした通り、裁判所が一回結審を強行したため、証言の機会は失われてしまいました。
しかし、 自主避難者の人権について、国際人権法の立場からここまで掘り下げて論じた書面は日本のみならず世界でもおそらく最初のもので、自主避難者の人権保障のあり方を考える上で大変貴重な文献です。
以下、表紙と意見書の目次と、冒頭の「はじめに」です。
全文のPDF->こちら
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目次
はじめに なぜ国際人権法を参照する必要があるのか ・・・1
1 国連人権理事会において問題となっている原発避難者の人権問題・・・3
(1)国連人権理事会における特別報告者の位置づけ…4
(2)法的拘束力のない勧告、意見、関連文書の位置づけ…4
(3)国内避難民に関する指導原則(1998年)と人権理事会における勧告(2017年)…5
(4)避難者を国内避難民とみなした日本政府による回答とフォローアップ…6
(5)国内避難民に関する指導原則と原発避難との関係性…8
(6)国内避難民の人権に関する特別報告者の日本訪問調査報告書(2023)と避難民の権
利…11
(7)子ども被災者支援法と同基本方針において保障された「移動・居住の自由」…14
2 本件原発事故による避難継続の正当性・合理性・・・16
(1)広域・長期にわたる放射能汚染被害と避難指示区域の限定がもたらした問題…16
(2)「チェルノブイリ法」との比較から見える日本の避難指示基準の問題性…18
(3)セシウム含有不溶性放射性微粒子と内部被ばくリスクの継続…20
(4)測定調査によって判明した長期化するセシウムによる土壌汚染…21
(5)避難指示が出なかった汚染地域住民が抱える不安…23
(6)住宅支援策打ち切りがもたらした問題…27
(7)控訴人等への聞き取り調査から明らかになった特別の配慮を要する事情…32
結論 ・・・33
略歴 ・・・35
はじめに なぜ国際人権法を参照する必要があるのか
本件は、2011年3月11日に発生した東日本大震災に起因する東京電力福島第一原発事故(以下、本件原発事故)を受けて避難し、災害救助法の適用により仮設住宅として宿舎(以下、本件住宅)の提供を受けていた控訴人らが、本件原発事故の避難指示区域外からの避難者(以下、区域外避難者)であることから、2017年3月31日をもってその提供を打ち切られ、被控訴人福島県によって住宅の明渡を請求されている事案である。
2017年3月の日本政府による区域外避難者への無償住宅提供の打ち切り決定は、人権並びに基本的自由の促進・擁護に責任を有する国際連合(国連)人権理事会において、国内避難民の権利に関わる問題として議論の対象となり、日本政府に対して避難者への支援を継続するように同理事会において繰り返し勧告が行われてきた(例としては2017年第3回普遍的定期審査におけるポルトガル、オーストリアによる勧告(本意見書5頁)、ならびに2023年の普遍的定期審査におけるオーストリア、バヌアツによる勧告(本意見書8頁)等)。
2022年9月26日から10月7日にかけて、日本国政府との合意に基づいて、国連人権理事会の「国内避難民(IDPs)人権特別報告者」であるセシリア・ヒメネス=ダマリー氏(Cecilia Jimenez-Damary、以下、ダマリー氏)が訪日調査を実施したことは、同理事会がいかに原発事故による避難者の人権状況を重視しているかを示している。後述するように、ダマリー氏は訪日調査の最終日にあたる2022年10月7日に公表した調査終了報告書(乙A31号証)の4頁で、避難者が直面する立退き訴訟に言及し、日本政府は「特に脆弱な立場にある国内避難民に対して移住先を問わず住宅支援施策を再開することが推奨される」と述べていた。さらに、同氏が2023年5月24日に国連人権理事会宛に提出した公式報告書(乙A32号証)の15頁においても、「適切な住居に対する権利(Right to adequate housing)」と題する項目のなかで、公営住宅から避難者を退去させることは避難者の「権利の侵害」であるとの見解を明示的に表明するに至っている。このように、本事案は避難者が有する国際人権法上の権利が日本国内において尊重されているかどうかを評価するうえで、特に注目すべき裁判として、いまや国際社会の注目を集めるに至ったと言えよう。
本意見書は、本事案における控訴人等の権利に関する法的判断を行ううえで、国際人権法上の避難者の権利保障に関する規範を踏まえることの必要性--それは単に事実上の必要性にとどまらず、法的な義務としての必要性のことである--と重要性を明らかにすることを目的としている。従来の災害と比較した時、本事案の特筆すべき際立った特徴の第一は、国際的に最も深刻なレベルの原発事故の発生により、被害者・避難者らの人権が損なわれることなく、被害者・避難者らをいかに救済していくのかという問題に対して、それまで日本国において国内法が想定していなかったという全面的な「法の欠缺」状態が発生していることであり、第二に、そこでこの全面的な「法の欠缺」状態を補充する必要があり、「欠缺の補充」という法的判断が求められる点にある。そしてその判断に際しては、避難民の人権保障について国際人権法分野において積み上げられてきた貴重な諸規範・原則--これまで、国際人権法の分野以外に、避難民の人権保障について諸規範・原則を作り上げてきた分野はなく、避難民の人権保障の法源の源泉と言って過言ではない--が最も重要な手掛かりを提供していることを示していく。
はじめに第1節において、国連人権理事会において問題となっている原発避難者の人権問題について検討し、福島県による本訴訟が、被控訴人等の「移動・居住の自由」(自由権規約12条)に関わる被控訴人等の自己決定権を侵害している問題について考察していく。続く第2節では、被控訴人等が避難の継続を希望し、住宅提供の支援を求めることに合理性があり、決して例外的な扱いを求めるものではなく、多くの避難者と共通する権利の実現を求めていることを、継続する放射能汚染問題と人々の不安に焦点を当てて検証していく。
筆者は2011年以降、福島県からの避難者と、栃木県北の放射能汚染地域に暮らす住民を対象とした対するアンケートや聞き取り調査を続けるなかで、原発事故後に健康に対する権利をはじめとする基本的人権の侵害が発生していることを指摘してきた。本事案では特に避難を継続するか否かを判断する避難者の自己決定権に焦点を当て、国連人権理事会における勧告や、特別報告者による報告を参照しつつ、その国際法上並びに国内法上の法的根拠を検討する。なお、本稿中の下線や太字は、断りのない限り筆者によるものである。
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