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2020年9月10日木曜日

【第45話】6年間の脱被ばく子ども裁判の審理終結にあたって(その4)「黙殺」作戦との戦い――経過観察問題―― (2020.9.10)

子ども脱被ばく裁判」が提訴審理された福島地方裁判所
                        裁判所のHPより

4:「黙殺」作戦との戦い――経過観察問題――


思うに、本格的な論戦(争点整理)における被告側の基本戦略は、一方で論戦を本筋から枝葉末節の脇筋の問題に矮小化すること、他方で原告から提起された本筋の主張をことごとく「黙殺」するという作戦だった。

 その典型が、2017年5月、環境基本法をめぐる法の穴(盲点)を指摘した原告準備書面(32)
この主張は原発事故裁判史上画期的な主張だった。しかしこれに対し被告側は、何食わぬ顔で認否すらせず徹底的にスルーし、無視したことすら裁判所に気がつかれまいと丁重慇懃無礼に振舞った。その上、マスコミの強力な応援もあって、画期的な主張も世の話題に上らなかった。そのため、世論をバックに法廷で争点化することは極度に困難となった。その結果、せっかく弁護団が提出した画期的な主張も争点化されず原告の一人相撲に陥る危険が生じた[1]

しかし、被告側の「黙殺」作戦は思いがけないところからほころびが出、想定外の展開となった。
 その1つが、経過観察問題をめぐる被告福島県(以下、県と略称)の対応である。県の甲状腺検査の二次検査で経過観察とされた
当時2500人以上の子どものうちその後小児甲状腺がんが発症した症例数を発表しなかった問題で、前記症例数を発表すべきであるという原告の追及に対し、この時、県は「黙殺」ではなく、「県は症例数を把握していない」「たとえ県立医大の患者であっても調査し、明らかにする余地はない」と、「全面的開き直り」に出たからである。

このふてぶてしい答弁は、直ちに原告の「全面的反論」をもたらした。それが2017年8月、たとえ事実は「把握していない」だとしても、規範としてそれで通用すると思っているのかすなわち「把握する義務があると思わないのか」という追求だった。

この問いを予想していなかった県は不意打ちを食らい、当日の進行協議の場での原告の上記問いに「把握する義務はないと考えている」と「全面的開き直り」を首尾一貫させる答弁をしたものの、その直後の公開の口頭弁論で、原告からの再質問に対し、「把握する義務とは何を根拠とするのか明らかにしてほしい。その上で回答する」と先の「全面的開き直り」の答弁を撤回した。

 そこで、原告から、県に症例数を把握する義務を裏付ける法的な根拠を明らかにした書面を提出し、県に応答せよと迫った。すると、県は、「県に把握する義務はない」、把握する義務を裏付ける法的な根拠に対しても原告主張を「全面的に争う」と堂々と宣言。だが、その舌も乾かないうちに、ただし、「県にこの義務がないことを裏付ける根拠を示す必要はない」と、さっと「黙殺」という固い殻の中に閉じこもった。

 これに対し、原告から、2018年4月、「県に症例数を開示する説明責任がある」という法的根拠に関する書面を提出し県に回答を迫った。

すると、県は、従前の答弁をくり返し、最後に「今回の原告の主張は、原告の意見を述べるだけのものだから、説明責任があるか否かについて認否する必要がなく、応答しない」と「原告が根拠を示したら県も回答する」という当初の約束をちゃぶ台返しにして、法的根拠である説明責任について答弁しないことに態度を変更した。但し、さすがに良心の呵責を覚えたのか、上記のとおり、答弁しない理由を一言答弁するつまり「黙殺」する理由の表明というイタチの最後っ屁をやってしまった。

そこで、最後っ屁で逃げを打つイタチの尻尾を捕まえた原告が、公開の法廷で「『県民の命、健康を守ることを重要な使命とする県は、甲状腺検査において、小児甲状腺がんとなった子どもの数を県民に説明する責任がある』 と考えるのかどうか明らかにせよ」と迫ると、県はこれに頑として答えようとせず、「文句があるなら、別に、裁判でも何でもやってくれ」と究極の開き直りに出た。

他方、原告から別方面から追及として、鈴木眞一県立医大教授と山下俊一氏率いる長崎大が提携して進める小児甲状腺がんの研究プロジェクト[2]が作成したデータベース上で前記症例数を把握しているから、県も当然、症例数を把握している筈だという質問に対し、県は「黙殺」せず、
県と鈴木眞一教授らの研究グループとは別の組織、別の主体であり、県はこの研究グループとは何の関わりもない。それゆえ、この研究グループがどんな社会的使命を持ち、どんな目的で、どんな研究をしているか、県は知るよしもない。だから、この研究グループが症例数を把握していたとしても、県はこれを知るよしもない
と「全面的開き直り」の答弁に出た。

ここに至り、県との質疑応答も行き着く所まで行った感があり、症例数を解明する新たな打開策が必要とされた。

行き詰まりの事態を受け、2018年10月、原告は一かばちで、裁判所に対し、裁判所から症例数を把握している県立医大と鈴木眞一チームに対して症例数を回答するように求める手続き(調査嘱託)の申し立てた。ところがここで想定外の事態が生じた。

裁判所からこの申立について意見を求められた県は異議を唱えず、「しかるべき」、つまり裁判所の判断に従うと回答してきたからである。その異変にビックリしたのが被告国。国は、反対意見を速やかに出したいと抵抗したが、時既に遅しで裁判所はこの申立てを採用。

鈴木眞一チームが作成したデータベース上で前記症例数を把握している事実について同チーム及び彼らから研究報告を受けている医大がどう回答するか注視する中、同年12月、両者の回答はいずれも「症例数は把握していない」という内容だった。

運命共同体である3者間にほころびが生じてはならないというミッションを堅持する堂々たる「全面的開き直り」作戦だった。この作戦は成功したかに見えた。しかし、その半年後に想定外の事態を起きた時、この経過観察問題がそれを引き起こす地雷源となったことを後に知るに至った。


[1] もともと紛争の本質は「コミュニケーションの失敗・不通」にある。ゆえに紛争の解決とは「コミュニケーションの再開・成功」を意味する。従って、紛争解決に向けて争点整理するとはどこに問題があるかについて当事者双方が認否反論をして情報共有するという「コミュニケーションの再開」のことである。しかし、この裁判で、被告側は意図的に争点整理をボイコットした、画期的な原告主張をことごとく「黙殺」することによって。これは意図的に「コミュニケーションの不通」という事態つまり紛争を作り出すことである。だから、これは紛争解決のための裁判の場でもうひとつの新たな紛争を作り出す悪質な行為というほかない。
[2]2013年12月頃からスタートした、福島県立医大甲状腺内分泌学講座の主任教授鈴木眞一を研究責任者として、山下俊一長崎大学副学長率いる長崎大学と連携しながら、福島県内の18歳以下の小児甲状腺がん患者の症例データベースを構築し、同がん患者の手術サンプル及び同サンプルから抽出したゲノムDNAcDNAを長期にわたって保管・管理する「組織バンク」を整備する研究プロジェクトのこと。この研究プロジェクトを記載した2つの研究計画書(C73同74)や研究成果報告書(甲C5)。


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