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2024年7月17日水曜日

【第154話】住まいの権利裁判で、これまでの「一歩前に出る司法」から「もう一歩前に出る司法」を訴える書面を提出(2024.7.16)

 昨日、【第153話】で、住まいの権利裁判で、改めて「一歩前に出る司法」を訴える書面を整理・集大成して提出した(こちら>準備書面(17))と報告。 

ところで、その作成過程で、司法積極主義が適用される類型としてこれまで説かれて来た「カロリーヌ判決のストーン判事の脚注4」の3つの類型という枠組みには収まらない、新たな類型が存在することを主張をする必要性を痛感するようになり(正直なところ、それまではこの点を曖昧にしてきた)、これを正面から書面にしたためた。それがこちら>準備書面(15)

実は、今回、時間切れの関係もあり、以下の展開はまだ荒削り、けれどもそれは、間違いなく、今までより「 もう一歩前に出る司法」を訴えるものだった。
これは私にとっては目からウロコの、画期的なことだった。

そして、それは「新しい酒は新しい革袋に盛れ」--こう判決文に書き込んだ1981年12月16日大阪国際空港公害訴訟最高裁判決(全文は>こちら)の団藤重光最高裁判事の言葉を実践することだと知った瞬間でもあった。この言葉の意味が深いことを思い知らされた瞬間だった。

短いので、以下、その全文を転載する(そのPDFこちら)。

     ********************** 

令和4年(ワ)第6034号 損害賠償請求事件

原告(反訴被告) A 外

被告(反訴原告) 福島県

準備書面(15)
――準備書面(12)の補充――

2024年 7月 15日

東京地方裁判所民事第5部甲合議A4係  御中

原告ら訴訟代理人 弁護士   井 戸   謙 一

                       ・・・・・・

 

本書面は、本年2月提出の準備書面(12)の補充である。

目 次

1、司法権のスタンス――司法消極主義と司法積極主義の使い分け――の補充                            2頁

2、「人権問題の積極的な審査」の補充               3頁

 

1、 司法権のスタンス――司法消極主義と司法積極主義の使い分け――の補充

 原告準備書面(12)は、第1、2で、司法消極主義と司法積極主義の適正な使い分けの必要性とその基準について、1938年のカロリーヌ判決のストーン判事の脚注4に基いて主張したが、もとより上記脚注4が上記の司法消極主義と司法積極主義の使い分けの基準を網羅したものではなく、それ以外にも新たな基準から2つの主義の使い分けを実行すべき場合がある。以下、それについて補充する。

 それは、《既存の法体系が予想していなかった紛争(事態)が発生し、なおかつ当該紛争(事態)の適正な解決のために必要な立法が制定されず、その結果、当該紛争(事態)が「法の欠缺」状態のまま、その中で関係者の人権が守られず、人権侵害が放置されたままになっているケース》(さしあたり、第4の類型と呼ぶ)である。このように民主主義の政治過程に「法の欠缺」の放置という重大な欠陥が生じ、その中で関係者の人権侵害が問われている場合、裁判所は「欠缺の補充」に積極的に取り組む審査をしなければならない。

 その典型的なケースが公害の発生である。1938年のカロリーヌ判決当時、公害の発生は問題になっていなかったから、この事態を想定して脚注4が書かれなかったのは当然である。その後、脚注4のエッセンスを公害裁判の中で蘇らせたのが、1981年12月16日大阪国際空港公害訴訟最高裁判決の団藤重光裁判官の次の少数意見である。
本件のような大規模の公害訴訟には、在来の実体法ないし訴訟法の解釈運用によっては解決することの困難な多くの新しい問題が含まれている。新しい酒は新しい革袋に盛られなければならない。本来ならば、それは新しい立法的措置に待つべきものが多々あるであろう。

しかし、諸事情によりその立法的措置が果たされない場合には、その時こそ裁判所の出番であると次の通り締めくくっている。

法は生き物であり、社会の発展に応じて、展開して行くべき性質のものである。法が社会的適応性を失つたときは、死物と化する。法につねに活力を与えて行くのは、裁判所の使命でなければならない。」(33~34頁)

 すなわち、「法の欠缺」状態が発生したにもかかわらず、立法的解決が図られず、放置されている場合には、その時こそ司法が積極的に問題解決に乗り出す番である、と。

 とはいえ、これは法律が「民主主義の政治過程を制約する法律」に該当するケースではないから上記脚注4の①の類型に当らない。同じく、法律が「憲法が掲げる基本的人権を制約する法律」に該当するケースでもないから上記脚注4の②の類型にも当らない。従って、原告準備書面(12)第1、3の《本件は上記脚注4の①と②の両方のケースにもかかわる。》(4頁末行)という主張は不正確であり、撤回する。そして、改めて、《本件は、脚注4のエッセンスを公害裁判の中で蘇らせた団藤重光裁判官の上記意見を定式化した第4の類型に該当する。》と主張する。

 同じく、第1のラストも次のように修正する(下線が修正部分)。

《本件は、民主主義の政治過程に真空地帯という重大な欠陥が生じるという極めて憂慮すべき事態のもとで、原告らの基本的人権の侵害が問われている裁判である。それが本件は第4の類型に該当するという意味である。それゆえ、こうした真空地帯が発生した場合には司法は人権問題を積極的に審査する、それがストーン判事の脚注4のエッセンスである。》(5頁11~16行目)

 

2、「人権問題の積極的な審査」の補充

(1)、司法積極主義の具体化

本裁判において、裁判所はいかなる方法で司法積極主義に出るべきかという問題について、原告準備書面(12)は、第1、2で、次の立場を明らかにした。

《ここで行う審査とは政策の当否といった政治論争の審査ではなく、あくまでも人権保障という法的観点から人権侵害の審査を行なうことであり、それ以上でもそれ以下でもない。》(3頁下から5行目)

 すなわち、そのやり方とは司法が行政庁の判断に代わって自らあるべき政策決定を下す(判断代置方式)のではなく、あくまでも人権保障の観点から第1の方法として行政判断の「結果」をチェックすること、第2の方法としてその「判断過程」における政治的行政的不均衡及び不備をチェックし、それらの均衡及び不備を是正するという限りで積極的に判断することである。

(2)、行政判断の「結果」に着目する審査方式

さらに、前者の方法について、一般論として、第2、2で、次の通り主張した。

《第1は、行政庁の判断という「結果」に着目して、その結果が憲法等の人権保障に照らし、人権侵害を引き起こしていないかを審査するやり方である。行政庁ではなく立法機関であるが、議員定数不均衡訴訟で立法機関が制定した法律という「結果」に基づいて、その投票価値が憲法14条が定める法の下の平等に照らして違憲かどうかを審査する場合がこのやり方に相当する。》(7頁2~6行目)

 あるいは、東京地裁昭和44年7月8日ココム事件判決が輸出の自由という人権に対する侵害になっていないか否かに着目して審査したのがこの審査方式である。

そこで、上記の方法を本件に適用した場合いかなる結果となるか、これについて以下に補充する。

(3)、本件への適用

原発事故の救済に関して災害救助法等の日本の法体系は「法の欠缺」状態にあり、その欠缺を上位規範である国際人権法に適合するように補充すると、すなわち原発事故における社会権規約11条1項の「適切な住居」に適合するように「欠缺の補充」を実行すると、原発事故の避難者である原告らには「国内避難民」として国際人権法が保障する次の3つの内容を持つ居住権(その詳細は訴状42~45頁参照)が認められる。
Ⓐ.住居への入居(アクセス)

Ⓑ.入居した住居の継続的保障

Ⓒ.入居した住居からの強制退去の禁止

 他方、本件県知事決定[1]の内容は、原発事故直後に行政府が原告らに提供した本件建物を2017年3月末をもって提供を終了するというものであって、これはⒷの入居した住居の継続的保障を真っ向から否定するものである。のみならず、これは2017年3月末までに原告らに退去を求めるものであり、Ⓒの入居した住居からの強制退去の禁止に全面的に反するものである。その上、本件県知事決定において、提供終了にあたって応急仮設住宅に替わる代替住居の提供の説明はなく、Ⓒの「強制退去の禁止」の例外的措置が認められるための手続的要件「すべての実行可能な代替案が検討され、代替措置(住居)の誠実な提供があったこと」が認められないことは明らかである(訴状7頁()参照)。この意味で、本件県知事決定の内容は国際人権法が「国内避難民」である原告らに保障した上記居住権を根底から否定するものであり、その人権侵害は重大である。そうだとすると、その「結果」において、国際人権法の人権保障に照らし居住権という人権侵害を引き起こした本件県知事決定は「判断過程審査」を検討するまでもなく、裁量権の範囲を逸脱し、違法を免れない。

(4)、付言

 本件県知事決定は国際人権法が「国内避難民」である原告らに保障した居住権の侵害という点だけで裁量権の範囲を逸脱し、違法を免れないものであるが、それに加えて、さらに重大な人権侵害をおかしている。それが「生活再建権」ともいうべき生存権の侵害である。生活再建権とは、原発事故という未曾有の国難を引き起こした国と福島県は、国難の被害者である避難者が避難先で生活再建できるように、その経済的自立に向けて積極的な就労支援・生活支援を行う法的責任を負うというものである。換言すれば、国難の被害者である避難者には避難先で、自ら生活を再建する権利すなわち生活再建権とよぶべき人権が、原発事故という未曾有の事故の出現に対応して新たな社会権の1つとして出現したのである。この出現に対し、「新しい酒は新しい革袋に盛れ」の格言に従えば、原発事故という未曾有の国難を引き起こした国・福島県は困窮の中に放置されている避難者の生活再建を保障する法的責任がある。

以 上



[1] 2015年6月15日、内堀福島県知事が、2017年3月末をもって区域外避難者に対する応急仮設住宅(この住宅を以下、本件建物という)の供与を打ち切り、延長しないことを決定した。この決定を以下、本件県知事決定という。

 

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