犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか。
アルベール・カミュ「正義と犯罪」(チェルトコフ「チェルノブイリの犯罪」(上)21頁より)
表題の「山下発言を全面擁護する福島県準備書面に対し全面反論した準備書面」の1頁は以下の通り。その全文は->こちら。
その書面が反論の対象とした福島県の準備書面(2)は->こちら。
その福島県の書面が反論の対象とした控訴人の準備書面(5)は->こちら。
福島原発事故被災者が国と福島県を訴えた子ども脱被ばく裁判(そのうちの親子裁判)が、二審仙台高裁の前回期日(9月12日)で、この日に審理終結した子ども裁判との弁論分離が認められ、引き続き、審理が続行することになった(次回、控訴人が申請した内堀福島県知事らの証人尋問の可否について決定)。
その結果、当事者の主張について、あと1回主張するチャンスを得、 前回期日の法廷で控訴人が求めた、8月19日に福島県が提出した準備書面(2)に対する控訴人の反論の機会を得た。
この福島県の準備書面(2)は311直後福島入りした山下俊一の山下発言問題について詳細に弁解したものである。この書面が提出されるまでにざっと次の経緯がある。
本年2月、控訴人が提出した「原判決の行政裁量論の誤りについて」の準備書面が時間切れのため、冒頭に次のように書いたところ、
本書面は、原判決の行政裁量論の誤りを、体系的、横断的に明らかにしようとしたものである。ただし、個別の論点に関する本書面の記述は、控訴人らが考える行政裁量論の正しい適用の理想からみれば、今なお完成途上の不完全なものである。このため、今後、その完成に向け、必要な補充・追加の主張を行う予定である。
裁判所から「それなら、その完成版を示して下さい」と促され、次回に完成版として準備書面(5)を提出した。すると、これに対し、福島県が、山下発言問題について全面的に弁解する詳細な書面を提出してきた。それが上記の8月19日付準備書面(2)である。
これまで、国や福島県は控訴人の詳細な主張に対し、殆ど無視するか、軽くいなすような、要するに木で鼻をくくった態度しか取らなかった。それで十分、あとは裁判所がよろしく、我々を守ってくれると確信していたからである。ところが、今回はちがった。控訴人の山下発言に対する全面的な批判と真っ向から向かい合って、全面対決の反論書面を書いてきたからだ。ここにあるのは詭弁論理学のお手本とも言うべき「山下話法」に対する深刻な危機感のあらわれである。そう理解した控訴人代理人は、ここだけは「ピンチはチャンス」の山下語録に従い、ピンチに立った全面対決の反論書面に倍返しする全面再反論の書面を仕上げ、提出した。
それは、冒頭の小説家カミュの次の言葉に従ったものである。
犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか。
実のところ、本書面は完成寸前に少々手間取った。それは最終段階で、弁護団長の井戸さんが、山下俊一が福島入りの直後に、福島県の子ども達に安定ヨウ素剤の服用は必要ないと記者会見で述べた山下発言の誤りをさらに追加したいと粘ったからだ。それが以下の指摘で、この時、井戸さんこそカミュの忠実な弟子=リレー走者だった。
上記山下発言は住民の無知に付け込んだごまかしである。改めて山下発言を再掲すると、「安定ヨウ素剤の服用はその場に24時間滞在すると50mSvを超えると予測される場合になされます。現在の1時間当たり20μSvは極めて少ない線量で,1ヶ月続いた場合でも,人体に取り込まれる量は約1/10のため1ないし2mSvです」というものである。
まず、第1文について、当時の安定ヨウ素剤の投与指標は「小児甲状腺等価線量の予測線量100mSv」だった【甲A第33号証(「原子力施設等の防災対策について」)1471頁18~19行目、丙A第1号証(福島県地域防災計画)67頁】。「24時間滞在」などという限定は付されていなかったし、「50mSv」というのも事実ではない。
第2文について、「20μSv/時」は、当時の福島市付近における空間線量であり、外部被ばく線量である。これが1か月続けば、14.4mSvになる(20μSv×24時×30日=14400μSv=14.4mSv)。その10分の1は、1.44mSvである。すなわち、ここで山下氏は、外部被ばくによる実効線量と内部被ばくによる実効線量が10対1の割合になるという考えに基づく推測値を述べている。しかし、これは過小評価である。チェルノブイリ原発事故においては、外部被ばくによる実効線量と内部被ばくによる実効線量は3対2と評価されたのである(訴状)。しかも、臓器毎の内部被ばくの程度は、取り込む放射線核種や取り込み経路(戸外にいたか、屋内にいたか、運動していたか、食材、飲料水等)によって全く異なるし、内部被ばくによる実効線量から甲状腺等価線量が推測されるものでもない。仮に、内部被ばくのすべてが甲状腺被ばくによるものであれば、実効線量2mSvは、甲状腺等価線量50mSvに相当するのである(甲状腺の組織荷重係数は0.04)(計算式2mSv÷0.04=50mSv)。
このように上記山下発言は、根拠の乏しい理屈を積み重ねたものであり、ごまかしであるという外はない。