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2026年1月14日水曜日

【175話】署名アクション:避難者追出し裁判1​.​9最高裁判決は不当判決ではない。誤まった判決である(26.1.14)

                    
201月9日に、原発事故の自主避難者の仮設住宅追出し裁判で最高裁の判決が言い渡され、出された自主避難者敗訴判決を報道するマスコミの記事を読んで、つまんないなと思いました。
人権運動、人権裁判の本質が全く掴まれていないからです。
人権運動はいつも少数者の声から始まります。公民権運動もアラバマ州のひとりの女性(ローザ・パークス)の行動から始まりました。
そして、人権運動は少数者の声がその声をあげたその時にそれがどう評価されたかではなくて、その声に(即座でなく、たとえ時間がかかろうが)その後、周りの市民がどう反応したかが決め手であり、さらにその評価についても関が原の決戦みたいな一発勝負ではなくて、long and winding roadのジグザグの漸進的なプロセスだからです。

この人権運動の実相に目を向けるとき、今回の少数者の声である三浦守裁判官の少数意見がどれほど重要なものであるか、多数意見の側にこの少数意見が放った輝きを否定・批判するような反論がひとつも書けなかったことも含めて、これは原発事故の救済に関する人権宣言のスタートとなるような画期的な最高裁判決(少数意見も最高裁判決の一部だから)だと確信しました。言い換えれば、
1.9最高裁判決で311後の日本の人権運動は転換点のとば口に立ったというのが私の実感です。そして、この転換点のとば口を実りある転換にやり抜くかどうかは、ひとえに三浦裁判官からバトンを受け取った私たちの手にかかっていると。そう思って、判決を受け取った夜、以下の感想を記しました。

【速報】311から15年目の今日、最高裁は「百年の悲劇」と決別するため、今まで書かれたことのなかった原発事故の救済のあり方を最高裁判決に書き込んだ。今日まかれた一粒のタネが芽を吹き、葉をつけ、花を咲かせ、豊かな実りをもたらすかどうかーーそれは私たちに掛かっている。人権への道は人類全員の協同労働なのだから(26.1.9)。

同時にそれは、「三浦裁判官からバトンを受け取った私たちの手にかかっている」という問題提示は私自身にも振り向けられたものだったので、そのあと、お前は何をするのかと自問自答する中で、判決文を再読する中から、判決直後に最高裁前で私が掲げた「不当判決」という見出しは間違いだった、「誤判判決」が正しい見出しだったという確信に達し、そこから次のアクションを起こすべきであるという答えに辿り着きました。

1月9日の最高裁判決多数意見は最大の争点(内掘決定の違法性)について明白な誤りがある。その上、多数意見はその誤りが見抜かれないように理由を隠ぺいした。これは民事の冤罪事件である。その時、天の声はーーこの誤判をただし人権侵害判決の冤罪を晴らすために国際再審手続(個人通報制度)を申し立てるべきである、それが「一歩前に出る司法」だと。  

以下、その「一歩前に出る司法」アクションの最初の一歩です。
オンライン署名「避難者追出し裁判1​.​9最高裁判決は不当判決ではない。誤まった判決である

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【175話】署名アクション:避難者追出し裁判1​.​9最高裁判決は不当判決ではない。誤まった判決である(26.1.14)

2026年1月10日東京新聞朝刊 より                      201月9日に、原発事故の自主避難者の仮設住宅追出し裁判で最高裁の判決が言い渡され、出された自主避難者敗訴判決を報道するマスコミの記事を読んで、つまんないなと思いました。 人権運動、人権裁判の本質が...