2024年9月8日、大阪府高槻市で、チェルノブイリ法日本版の学習会の水戸さん。
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いずれも by Wild Side さん |
2024年8月31日、東京で、チェルノブイリ法日本版についてのブックレット「わたしたちは見ている」の出版記念のやったのを受けて(動画などの報告は>こちら)、9月8日に、水戸喜世子さんの呼びかけで大阪府高槻市で、その続きをやる機会を与えられた。当初、5名ほどの内輪の集まりと理解して出かけていったところ、会場には56名も人が来ていて、ノックダウン。以下は、その時、喋るためのメモ>全文PDF
ところが、この日参加した会場の皆さん、ものすごく熱心で、第二部の交流会にも半分近くの人が参加。それはこの日のことをfacebookに報告した水戸さんの文章とそれに対するリアクションからもうかがえる。私も水戸さんに返信を書いたが、今読み直してみて、この時のやり取りは保存版として考え直す価値があると思ったので、ここに再掲する。
以下、水戸さんの報告文とそれに対する(私も含めてのリアクション・対話)
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水戸さんの返信
法は生き物、制定法に対して生成法の考えを柳原さんは示されましたね。新しい事態に対しては、市民主体で作り上げていく法律。一つでいいから実現したいものですね
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水戸さんの返信
本物のレジュメをつけるくださって、ありがとうございました。「ばかの壁」って言われても、ようわからん、という声をいくつか聞いたので、近似値として私の解釈を書いてみましたが、ぜひ、読まない人の為に、ご本人の言葉でご説明をお願いします。
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柳原の返信
「バカの壁」が何か、説明して欲しいというリクエストがありました。「バカの壁」に最も敏感な人種は画家だと思います。昔、坂本繁二郎が若い頃に、田んぼのあぜ道を歩いていて、あたりの雑草が美しく思えてきて、どうしようもない、自分の頭がおかしくなったんじゃないかと言ってましたが、この時、彼は自分のこれまでの「バカの壁」を乗り越えたんだと思います。人は外界をまっさらな目で見ていると思い込んでいますが、それは真っ赤なウソ、幻想です。必ず、何かしらのメガネをかけて世界を見ています、そのメガネが何であるか気がつかずに。なので、そのメガネでは見えない事柄については、謙虚に、メガネをはずして別のメガネで見てみようと思わず、そんな事柄はオレには関係ないと無視してしまいます。養老孟司に言わせれば、それはあんたが「バカの壁」の中にいるだけだ、と。けれど、メガネを変えて世界を見るというのは自然に出来ることではありません。或る種の訓練が必要です。なので、そんなの、面倒くせえと思うのは無理もありません。しかし、今は今までのメガネでは見えないことが続出しています。原発事故で世界にちらばった放射性物質。人工的に化合物を作り続けて生活の中にあふれている正体不明な有害化学物質。昔ながらのメガネのままだと、これらのゴミが見えず、その「バカの壁」は「死の壁」になりかねません。じ、冗談じゃない。何としてでも「脳化社会」が産み出したゴミ屋敷を見る新たなメガネをみなで探して、そのメガネを通して、ゴミ屋敷を人権屋敷に再構成したい。それが「バカの壁」を突破する目的です。少しはイメージできたでしょうか(
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水戸さんの返信













