Translate

2024年4月21日日曜日

【第144話】一昨日、避難者追出し裁判の総決算の書面(上告理由書等)を作成直後のつぶやき(24.4.21)

 以下は、避難者追出し裁判の上告理由書等を作成した直後のつぶやき。

 ****************** 

今回の書面の根底にある考えを一言で言うと‥‥
物理学者のアーネスト・スターングラスは
放射能は見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒です
と言った。これは事実についてだった。だが、法についても同様のことがあるのではないかと気がついた。
放射能に関する法律もまた見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒です」と。

そのことに気がつくのに311から随分時間がかかった。
それは次のような紆余曲折を経たためである。

高校時代、文学にかぶれた私は、文学を司法試験の答案にそのまま持ち込み、合格者から「これは司法試験の答案ではない。合格は永遠にあり得ない」と酷評された。
そこで合格後、文学臭を消すことが私の課題となった。
ようやく、それが実行できたと思えた最近に至り、今度はそれだけでは足りないのだということに再び気がつかされた。そのことを最も意識したのが今回の書面。どう意識したのか。

「未知の普遍的なものを見る」見者にならなければと考えた(ー>ランボーの手紙)18歳のランボーが書いた詩「地獄の季節」の一節。

見つかった。何が? 
永遠が。海と溶け合う太陽が。


私も知らないうちに「未知の普遍的なものを見」つけなければと考え、これと同様のことを試みていた。それが今回の上告理由書

見つかった。何が? 
法の欠缺が。放射能と溶け合う法の欠缺が。


賢者ではなく、まず見者になる必要があった。ランボーの見者になる必要があった。
再び、文学のエッセンスを取り出し、それを法律の中で再構成する必要があった。
それを今までで最も意識的に追及したのが今回の上告理由書。 

0 件のコメント:

コメントを投稿

【第182話】子ども脱被ばく裁判の振り返り(2):日本の法学界が世界の良識=国際人権と最も緊張を保った絶頂の時代は百年前だった(26.2.28)

さきほど、 子ども脱被ばく裁判の振り返り(1) で、こう書いた。 大正期から戦中の末川らが弾圧されるまでの間が、 日本が世界の良識=国際人権と最も緊張関係を保った時代でした。しかしその後、 敗戦後の復興期を通じても、日本は世界の良識=国際人権から距離を置き、国内に引きこもる閉じた...