(自問自答‥‥の投稿)
311後にいろんな医療関係者の人と知り合った。その中で最も強烈な印象だったのが肥田舜太郎さん。直接お目にかかったのは2012年に浦和のご自宅を訪問した時1回きり。けれど、なぜか強烈な印象が残った。
それから10年経ち、ようやくその訳が分かったような気がした。それは、つい最近、まつもと子ども留学の理事会に松本市に行った折、理事の橋本俊彦さんから「これ、よかったら」と快医学ネットのブックレットを貰った、それが肥田舜太郎さん99歳の最後のインタビュー記事「自分がいのちの主人公になる」だった。
それを読み、最初から、がつんと頭を殴られるような衝撃だった。99歳になっても、まるで昨日のことのように鮮明に、この時の経験を語るその語り。それは彼が広島原爆投下で経験したことを語る次の語りだった。
今まで医学で習ってきた死に方とちがう人たちが目の前でどんどん死んでいった。
その時、初めて分かった――自分の知っている医学は本物じゃない、と。
目の前で、原因が分からず死んでいってしまう、そっちのほうが事実。その事実に医者としてぶつかって、なんで死ぬのか、どこが悪くて死んでいくのか全然分からない。それを助けなきゃならない。
でも俺にはわかんないよなんて言えないから、わかったような顔をして、どんどん死んでちゃう。そういう時に医者であるっていうことが本当に恨めしくなりましたね。
その立場にぶつかって、もう自分が今まで習ってきた医学が全く役に立たない。何が原因で死んでいくのか自分で見つけなけりゃなんない。
その中で、アメリカで「内部被ばく」という問題があることに初めて気がついた。
これを読んだ瞬間、自分の問題の本質が分かった気がした。私も、自主避難者の仮設住宅追出し裁判に関わってみて、これとほぼ同じ体験をしたことに気がついたからだ。
今まで法律で習ってきた紛争とちがう紛争で目の前で避難者がどんどん追い詰められていく。
その時、初めて分かった――自分の知っている法律は本物じゃないんじゃないか、と。
目の前で、原因が分からず追出されていってしまう、そっちのほうが事実。その事実に弁護士としてぶつかって、法律的になんで追出されるのか、どこが悪くて追出されいくのか実は分からない。それを助けなきゃならない。
でも俺にはわかんないよなんて言えないから、わかったような顔をして、どんどん追い出されていっちゃう。そういう時に弁護士であるっていうことが本当に恨めしくなった。
その立場にぶつかって、もう自分が今まで習ってきた法律が全く役に立たない。何が原因で追い出されなければいけないのか自分で見つけなけりゃなんない。
その中で、国外に「国際人権法」という問題があることに初めて気がついた。
それは、私自身が法律家として過去に経験したことのないような「躓きの石」だった。
その根本の原因は、福島原発事故が過去に経験したことがないような未曾有の過酷事故で、日本の法律の体系の中に、この過酷事故に匹敵するような備えが全くなかったからだ。しかし、専門家としてのプライドのせいもあり、多くの法律家はそのことを率直に、正面から認めることができず、いろんな屁理屈をこねて原発事故の未曾有の新しさから逃げてきた。その最大の逃亡者が福島県と福島地裁の裁判官たち。
だが、実は私も似たような立場だった。
だから、2年前、「国際人権法」という問題に出会った時、最初、その中身を伝えることに必死だったが、今振り返ってみて、それと同時に、なぜ今、「国際人権法」という問題が重要なのか?、その訳をしっかり伝えることがまず最初にものすごく重要な課題だと痛感している。なぜなら、いま、ここで「国際人権法」という問題が重要であるという自覚がない人たちが裁判官をはじめ、殆んどの人がそうだから。その自覚にめざめて、初めて、「国際人権法」という問題に取り組もうという気持ちになるから。
今回の高裁の取り組みでもそこからスタートしなければならない、と。
初めから、いきなり「内部被ばく」という重要な問題がありますといくら強調しても、内部被ばくの問題の重要性は伝わらない。そのためには、肥田舜太郎さんが苦渋の体験の末に、未知との遭遇として「内部被ばく」という問題の重要性を自覚する必要がある。
それは「国際人権法」という問題の重要性でも同様だ。いくら「国際人権法」の重要性を強調しても、それは伝わらない。そのためには、肥田さんが辿ったように、私たちも同様のプロセスを経て、未知との遭遇として「国際人権法」という問題の重要性を自覚する必要がある。
そのためには、
まず、目の前で起きている福島原発事故の未曾有の新しさ、そしてそのために避難した人たちの未曾有の苦しみ、その事実と向き合うことが最初の最も重要な事実。
そのために、改めて、被告の避難者が経験しなければならなかった苦しみを裁判所に伝えることが不可欠。
それがきちんと伝えられて初めて、この人たちの救済がやっぱり必要という自覚が生まれ、同時に、日本の法律にこれに応えるような法律の体系がないこと、つまり、法の穴(=法の欠缺)という発見につながり、そのひどい法の穴を、何とかして穴埋めしなくてはという自覚のもとで、そこから、穴埋めとして「国際人権法」を救済の啓示として受け止めることができるようになる。
高裁の裁判官たちにも、このプロセスを追体験してもらう、踏んでもらう必要がある。
これで今の自分に必要な次の2つが完結した--一方で徹底した形式主義を追求する「純粋法学」の取り組みと、他方で、徹底した現実凝視を追及する「純粋紛争学」の取り組みの両輪が不可欠だということ。
肥田舜太郎「自分のいのちの主人公になる」