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2026年3月16日月曜日

【第186話】もうひとりの新老年の盟友、大庭有二さんとの対話(26.3.15)

      2025年8月長野県松本駅(左が大庭さん、その右が菅谷昭さん)

はじめに
 以下を書きながら、なんでもっと早く、大庭さんが新老年の盟友のひとり=真の友であることに気がつかなかったのかと、己の鈍感力に無力感に襲われている。

本論
大庭有二さんとは、子ども同士が、埼玉・飯能の山奥にある日本一遊ぶガッコウに通っていた縁で、30年前に、ひょんなことで知り合った。彼がNTTの研究員だったこともあり、子どもたちがこのガッコウで「自由という刑罰」を受けている場所で、なにか爆弾を仕掛けられないかと、当時まだはしりだったインターネットの講座を自主講座と称してやったとき、講師をつとめてくれたのが大庭さんだった(以下の紹介文参照)。
感想12

その大庭さんとは、子どもらがそのガッコウ卒業後も、私たちは卒業とはならず、つきあいが続いた。

そして、新潟県で2005年に始まった日本初の遺伝子組換えイネの野外実験中止をめぐる裁判の中で、人類の危機をもたらす可能性を秘めたヤバイ実験で作成された実験ノートの開示を求める裁判が起された。その第1次と第2次の実験ノート裁判の原告をつとめたのがローレンス・レペタさん。しかし、米国に帰国した彼のあとを継ぎ、第3次の開示請求裁判の原告となったのが大庭さんだった。彼は自身の研究生活で実験ノートを作成してきた経験から、実験ノートの公開に絶対の確信を抱いて原告になった(>実験ノート裁判のブログ)。

しかし、行政に忖度することしか頭が働かない裁判所のせいで、一審、二審とも敗訴。2023年3月、舞台は最高裁へ。そのとき、彼が素晴らしい意見書を書いてくれたのを、今日、自宅の在庫一掃整理の中で見つけた。ふと読み返して、これこそ「ソクラテスの対話」に匹敵するような素晴らしい文章だと思った。なので、これを再掲する(全文は>こちら)。
と同時に、この意見書はすんなり生まれたものではなく、何度も推敲を重ねる中で誕生したことを、MLの大庭さんとのメールのやり取りを読み返して確認した。このやり取り自体が、大庭さんと私とのかけがいのない重要な対話であることを今改めて、思い知った。

以下、この意見書作成をめぐって、大庭さんとやったメールでの対話。

 ***************
大庭さん

柳原です。

すごいね、大庭さん。何度も修正、ありがとうございました。

> もう少し陳述書について述べるつもりでしたが、お忙しい裁判官殿にはこの程度
> で良いかと思って止めました。

はい、今回は、多忙な裁判官向けにはこれがベストではないかと。
そして、言い残した部分は、補充書でいつでも追加できますので(^_^)。

取り急ぎお礼まで。

On 2023/03/04 8:01, 大庭有二’ wrote:
柳原さん
みなさん
        大庭有二

   柳原さんのアドバイスに従い、最高裁への上告理由を書き直しました。
もう少し陳述書について述べるつもりでしたが、お忙しい裁判官殿にはこの程度 で良いかと思って止めました。

On 2023/03/03 9:59, Toshio Yanagihara wrote:

大庭さん

柳原です。

ご多忙な中、早速に対応していただき、感謝の言葉もありません。

以下、了解です。とても楽しみにしています。

ちなみに、私がこの前書きを思いついたのは、「零の発見」という大変分かりやすい本を書いた吉田洋一という数学者の息子さんの吉田夏彦という人が書いた「論理学」の本がこれまた感動するほど分かりやすく書いていて、その中に、ラッセルの数学をすべて論理学に置き換えることを試みた本の冒頭に、ラッセルのこの本の意図、主題が書かれていたのですが、その余りの簡潔さと明瞭さに感動し、或る主張をする者は、こういう数行で主張の意図、主題を表現できなければダメだと思ったのです。

しかし、これは言うは易きで行い難しです。
でも、その試みはとても有益で、自分の言いたいことを突き詰める貴重な機会になりました。

このあと、昨日大庭さんに向けて書いたものを、今度は自分に向けて書いてみました。
その内容はこのあと、別便で。

とり急ぎお礼まで。


On 2023/03/03 8:17, 大庭有二’ wrote:
柳原さん

       大庭有二

 アドバイスをありがとうございます。

> ちなみに、以下は、私だったら、こんな風に「主題の要約を提示します」
> という参考例です。

 上記をベースに、米国特許申請の文章を前面に移動し、陳述書関連は後半に移動することとし、
 更に、以下の文を柳原さんの主題要約の後に付加えることにします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ここでは、まず
1.米国特許を申請する者は実験ノートを「組織共用文書」として扱わざるを得ない事を説明します。
次に、
2.高等裁判所に提出した陳述書に対する農研機構と高等裁判所の扱いについて説明します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 以上を早めに対応しますが、しばらくお待ちください。 

On 2023/03/03 0:16, Toshio Yanagihara wrote:
大庭さん

柳原です。
何度もお疲れ様です。

ざっと目を通させて頂き、これは専ら自戒の念を込めて書くのですが、ひとつ、
とても重要なことを提案させて下さい。
それは、この文書でお前は何を言いたいのか、その主題を冒頭に、数行に凝縮し
て言い表すことです。
なおかつ、その主題を読んだ(超多忙な)裁判官が、はっと虚を突かれ、或いは
えっと興味をそそられるように、その主題を要約する必要があります。
そこで、超多忙な裁判官が、それならちゃんと読んでみようという気にさせるこ
とが出来たら、半ば勝利したも同然です。少々、くどくても、関心・興味がある
から何とか読んでくれるからです。
それが、大庭さんの書面の冒頭に書き足していただけないでしょうか。

ちなみに、以下は、私だったら、こんな風に「主題の要約を提示します」という
参考例です。
ご検討頂けたら幸いです。
よろしくどうぞ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この裁判で、私は被告からも裁判所からもこう言われて来ましたーー農研機構に
一度も足を踏み入れたことのない貴方に、いったいどうやって農研機構の研究の
流儀が貴方の流儀と同じであると言えるんですか、と。
確かに、よそ者の私が見たこともない農研機構の実験ノートのやり方を語るのは
僭越かもしれません。
にもかかわらず、農研機構の部外者の人間であっても、ひとつだけ確実に言える
ことがあります。
それが、2013年3月以前に、米国特許を申請する者は誰であっても実験ノー
トを「組織共用文書」として扱わざるを得ないということです。それについて既
に私の陳述書(3)(甲44)で述べました。しかし一審判決も原判決もこの問題
の決定的な重要性を全く理解していないので、改めて指摘させて頂きます。


On 2023/03/02 7:09, 大庭有二’ wrote:
柳原さん
みなさん

        大庭有二

 昨日の柳原さんとの打ち合わせを意識して、
「最高裁への上告理由(改定版3)」
を作成しました。
変更点はマジェンタ(ピンク)の文字部です。
もう少し、全体の流れを整えたいのですが、これ以上は時間的に無理です。
ご勘弁を!


On 2023/02/28 12:35, 大庭有二’ wrote:
柳原さん
みなさん

        大庭有二

 今朝方に送付しました「高裁への上告理由(改定版」は不備だと思い、
「最高裁への上告理由(改定版2)」を作成しました。
赤字が加筆部です。

 これで如何でしょうか?

On 2023/02/28 6:06, 大庭有二’ wrote:
柳原さん
みなさん

        大庭有二

 昨日のZOOM会議の内容を受けて、先願主義での「実験ノートの組織共用
性」を
追加しました。
陳述書の引用部は、会議の最後にで説明したのと異なります。
追加文は青字で示しました。

【第185話】柄谷行人その可能性の中心の再発見(26.3.15)

はじめに
柄谷行人は私にとって恩人である。また、10代のときの小林秀雄、20代のときの埴谷雄高に続いて、30代の時の師でもある。もし彼と出会わなかったならおそらくマルクスもカントも読むことは適わなかっただろう(養老孟司みたいに食わず嫌いで終わっていただろう)。

しかし、2000数年後、私は意識して彼と距離を置いた。彼は再び理論的探求、私は現場の実践に向かったからだ。私自身、何よりも現実に向かうことの重要性を確信したからだ。そして、それまで曲りなりに考え、掴んできた確信(とはいえ、それらは殆ど3人の師から学んだものだった)の意味を現実の実践の中で鍛え直し、再検証したいと思った。

その最初の現実が2005年5月、新潟県で降って沸いたように起きた、日本で初めての遺伝子組換えイネの「野外実験」の実施とそれに猛反対した農民、市民たちの抵抗運動だった(以下。そのHP>「禁断の科学」裁判)。

このバイオ事件は18年間続いた。その次の現実が2011年3月の福島原発事故だった。これは今もなお進行中の事件である(おそらく百年続くだろう)。

私の目の前に現れた2つの災害、バイオ災害と放射能災害、それはバイオ災害であるコロナ禍がそうだったように、人類が推し進めてきた科学技術の最先端で登場した、最先端の科学技術がもたらした最先端のカタストロフィー(大惨事)だ。しかし、我々人類の側には、この最先端科学を制御する、技術的、倫理的、思想的な準備が全くできていない。それがこの事件を前例のない深刻なもの=未曾有のゴミ屋敷にした。同時に、それが私の中で何が最も重要であるか、それを考え続けさせた。
以下は、その中で気づいたことである。

本題
311後に東京から長野県に移住した息子家族の長男がこの4月から、単身、リターンして我が家から学校に通うことになり、急遽、家中の在庫一掃整理が始まった。30年以上前の書面を整理している中で、以下の1枚の紙切れから次のことに気づかされた。

大事なことはクリティークと対話の2つ。なおかつこの2つが連携していること。

これが詰るところ、私が師と仰いだ「柄谷行人その可能性の中心」だったのではないかと。
それは現在の私の取組みの核心でもある。
1、非人権侵害的人権保障への取組み
 人権保障の実現への道は「非人権侵害的人権保障への取組み」の中にあり、なおかつその中にしかない。つまりそれは、
人権保障は人権保障を訴えることで実現されるのではなく、その反対であり、人権侵害を否定する人権侵害へのクリティーク=抵抗を続けることを通じて初めて実現される。
このクリティーク=抵抗を通じてこそ初めて人権保障への確かな道が開ける。

2、対話への取組み
 つまりそれは多くの人に向けて投げられる一般的なメッセージではなく、目の前のひとりの人に向かって投げられる固有の対話。そのやり取りの中でこそ最も核心的な道が開ける。その典型がソクラテス。
それは、馬の周りにまとわりついて刺し続ける虻(あぶ)のようなソクラテス、その彼の対話をモデルにする。

柄谷行人のエッセンスもまたクリティークと対話(ダイアローグ)。彼が膨大なダイアローグを残したのは別に会話の名手だからではなく、それが彼にとって余技ではなく、必要不可欠の実践だったから。この意味で、彼はソクラテスに似ている(対話についてのメモ>こちら「分断に橋を架けるための試み:ソクラテスの対話に倣って(25.11.5→6加筆)」)。

                 2001年6月大阪


 

 



2026年3月7日土曜日

【第184話】もうひとりの新老年の鑑、水戸喜世子さんとの対話(26.3.7)

 2024年9月8日、大阪府高槻市で、チェルノブイリ法日本版の学習会の水戸さん。

   いずれも by  Wild Side さん
 

2024年8月31日、東京で、チェルノブイリ法日本版についてのブックレット「わたしたちは見ている」の出版記念のやったのを受けて(動画などの報告は>こちら)、9月8日に、水戸喜世子さんの呼びかけで大阪府高槻市で、その続きをやる機会を与えられた。当初、5名ほどの内輪の集まりと理解して出かけていったところ、会場には56名も人が来ていて、ノックダウン。以下は、その時、喋るためのメモ>全文PDF

ところが、この日参加した会場の皆さん、ものすごく熱心で、第二部の交流会にも半分近くの人が参加。それはこの日のことをfacebookに報告した水戸さんの文章とそれに対するリアクションからもうかがえる。私も水戸さんに返信を書いたが、今読み直してみて、この時のやり取りは保存版として考え直す価値があると思ったので、ここに再掲する。


以下、水戸さんの報告文とそれに対する(私も含めてのリアクション・対話)

水戸喜世子さんはWild Sideさん外10人と一緒です。

9/8の日曜日に開催した座談会
「いま、法が一歩前に出るとき」
〜20ミリシーベルト体制をこのまま放置していいのか〜
は、急の呼びかけにも関わらず、70名定員の会場いっぱいにお集まりいただきました。ありがとうございました。交流会も2時間では全くの時間不足、ズーム全盛時代でもやっぱりface to faceよね〜が実感の贅沢な時間でした。
福島原発事故損害賠償関西訴訟、同京都訴訟、兵庫訴訟、子ども脱被ばく裁判の支援者、当事者が一堂に集まることは初めて。そんな温かい風を感じながらの集まりでした。
「子ども脱被ばく裁判弁護団」言い出しっぺとも言える柳原敏夫弁護士の提起で始まりました。(写真はIdumi Hayashiさんの提供)
レジュメをおおまかにまとめてみます。
原発安全神話が崩れて、日本社会は過去に見たことのない放射能のゴミ屋敷になった。一つは自然界に撒かれた放射能。もう一つは法の欠缺。
ゴミ屋敷問題が解決されない理由の一つは原子力村の意図的な問題隠し。
もう一つは既成観念の中に安住の地を見出している人々の意識の壁。
話を元に戻します
1.福島の人々に適用されている年間20ミリシーベルトは環境基本法が決めている環境基準の7000倍に相当します。学校の環境衛生基準も、CO2とかNOなど、空気中の毒物の基準は環境基準に沿って決められています。しかし、放射性物質についての記述は空白で、7000倍が適用されているのです。その理由は裁判でも述べられませんでした。
2.3.11前には、原発事故を想定しての避難者の救済ルールが立法化されていなかった。政府も県も裁判所も災害救助法で解決すれば良いと公言している!国際人権法の国内難民に該当する。
これらの不当な仕打ちが罷り通る背景に、養老孟司の言う「脳化社会」があると考える
3.11後の復興も、その延長上に進められているが、放置されているゴミ屋敷に対しては、人権屋敷の再建を対置することだ。
演者は次のように締め括った
「・・・本当の問題はさらにその先にある。つまり「人権屋敷」の内実に。・・・原発事故というゴミ屋敷を生み出した根本のシステムである私たちの住む「脳化社会」と、どう向き合い、どう対決するのか。そこが問われている」。つまり、私たちの生き方の問題が問われている、と。
パネラーからは裁判の現状が語られ、一旦原発事故が起きればひばくを避けることは不可能に近いこと、国家責任を問うことの大切さ、過去の森永ヒ素ミルク和解の経験、黒い雨訴訟の経験、法よりも司法こそ一歩前に出て欲しいなど、ゴミ屋敷の現状が噴出しました。住民を保護すべき法の欠缺については、チェルノブイリ法日本版の取り組みが紹介され、市民が自治体に働きかける方法もあると紹介されました。掲げられたテーマについての問題の所在は共有できたのではないでしょうか
最後に集会準備全般を一手に引き受けてくださった山本光子さんに、心からのお礼を申し上げます。
 
A
ご報告、有難うございました。
B
纏めていただき、ありがとうございました。シェアしますね。(#^^#)
C
シェアさせていただきました。
D
とても学びの多い機会になりました。
交流会でお伝えしましたように、今、同じく「法の欠缺」状態にあるPFAS問題に神戸の仲間と共に取り組んでいます。
こちらも壁は高く、すぐには打ち崩せそうにはありませんが、諦めずに少しでも前進できたらと願っています(今泉さんは、大切なことはさざ波を絶やさないことと)。
帰り道、柳原先生が、裁判でも政策への批判ではなく、「人権」を武器に闘うことが大切ではないかと語っておられたことが印象に残りました。
   ↑
水戸さんの返信
法は生き物、制定法に対して生成法の考えを柳原さんは示されましたね。新しい事態に対しては、市民主体で作り上げていく法律。一つでいいから実現したいものですね

柳原敏夫
水戸さん、私のブックレットの「バカの壁」の挑戦する機会を与えて頂き、その上、私のつたない話とメモを元に再構成して頂き、多謝です。
ちなみに、本人の備忘録用のメモはこちら
→https://wallchernobyllaw.blogspot.com/2024/09/2498.html
また、メモの冒頭で取り上げた、
アクターズスタジオでケヴィン・クラインがチェーホフについて語った次のくだり。
チェーホフの作品の登場人物たちはいつも人生につまづいている。それはなぜか?彼らが星を追っているからだ。
そのケヴィン・クラインの素晴らしい語りは以下です。
https://x.gd/CbfjC
     ↑
水戸さんの返信
本物のレジュメをつけるくださって、ありがとうございました。「ばかの壁」って言われても、ようわからん、という声をいくつか聞いたので、近似値として私の解釈を書いてみましたが、ぜひ、読まない人の為に、ご本人の言葉でご説明をお願いします。
     ↑
柳原の返信
「バカの壁」が何か、説明して欲しいというリクエストがありました。「バカの壁」に最も敏感な人種は画家だと思います。昔、坂本繁二郎が若い頃に、田んぼのあぜ道を歩いていて、あたりの雑草が美しく思えてきて、どうしようもない、自分の頭がおかしくなったんじゃないかと言ってましたが、この時、彼は自分のこれまでの「バカの壁」を乗り越えたんだと思います。人は外界をまっさらな目で見ていると思い込んでいますが、それは真っ赤なウソ、幻想です。必ず、何かしらのメガネをかけて世界を見ています、そのメガネが何であるか気がつかずに。なので、そのメガネでは見えない事柄については、謙虚に、メガネをはずして別のメガネで見てみようと思わず、そんな事柄はオレには関係ないと無視してしまいます。養老孟司に言わせれば、それはあんたが「バカの壁」の中にいるだけだ、と。けれど、メガネを変えて世界を見るというのは自然に出来ることではありません。或る種の訓練が必要です。なので、そんなの、面倒くせえと思うのは無理もありません。しかし、今は今までのメガネでは見えないことが続出しています。原発事故で世界にちらばった放射性物質。人工的に化合物を作り続けて生活の中にあふれている正体不明な有害化学物質。昔ながらのメガネのままだと、これらのゴミが見えず、その「バカの壁」は「死の壁」になりかねません。じ、冗談じゃない。何としてでも「脳化社会」が産み出したゴミ屋敷を見る新たなメガネをみなで探して、そのメガネを通して、ゴミ屋敷を人権屋敷に再構成したい。それが「バカの壁」を突破する目的です。少しはイメージできたでしょうか(😊)。
     ↑
水戸さんの返信
ありがとうございます。この通り、伝えますね。
羽仁五郎が口を酸っぱくして、若者に語っていたことばがあります。「君の心が戦争を起こす」の中で「・・誰もが自分の心は自分のものだ、と思っている。なんでも自分の意思でやっていて、自分は自由な人間なんだと思っているのだが、実際はそうではないのだ。自分の心と思っているものは、実は誰かに植え付けられたものなんだ。ぼくがこういうふうに言うと、「羽仁五郎というのは頭がおかしいぞ」と、今の人は言うかもしれない。・・・と書き出して、山口百恵でも薬師丸ひろ子でも、なんでも自由に聴けるし、見れる。おれという・・・羽仁五郎というのはやっぱりどうかしてると、・・。これが今の若い人の、そして、大多数の大人の平均的な考え方だろう。それで相変わらず自分の心は自分の心だと思って生活している。しかし,・・
久野収が羽仁さんのもうどうしょうもない思いが詰まってる,と書いていますが。古本屋で見つけると買い込んでは,福島の若い友人にプレゼントしています。例の甲状腺がん裁判で司会をしてくれていたゆりかにも。柳原さんのお話は高尚すぎるので、羽仁さんくらいレベルを落として話してほしいなぁというのが,脳活動の衰えた婆ばからのお願いです。

E
水戸さん
貴重な報告をありがとうございます。読んでいて、「いま、法が一歩前に出るとき」の内容が伝わってきました。放射能のゴミ屋敷、法の欠缺について、それに立つには、人権屋敷の再建と…
簡単なことではないけれど、できるところから、一歩ですね。

【第183話】新老年の鑑、山本博樹さん、菅谷昭さん(26.3.6)

若い頃に友人となった者とはいつまで経っても、その友情は色褪せず、みずみずしい。私にとってそのひとりが井戸謙一さん。彼は今も1年後輩のコヅレ(セツラー名)であり、実際は年輪を重ねて変貌しているはずだが、その年輪の下にある20代のサークル(セツルメント)の時の姿が二重写しになっている。ハングルでいうヒョーン(형)、日本語だと朋輩。

年をとってから、友人になるのはすこぶる難しい。お互い、年輪を重ねてしまって、若い頃のように無邪気に、無条件に共感することは困難だから。
しかし、年を取ればとるほど、日野原重明さんが105歳の最後の本の冒頭で言った次の言葉が身に沁みるようになる。

私はこれまでたくさん本を書いてきました。
たくさんの人を前に講演をしてきました。
本を書くとき、講演をするとき、私はなるべくたくさんの人に伝わりやすいようにと思い、言葉をつむいできました。

ですが今、いちばんしたいのは対話です。
私のもとに来てくれた、たった一人の人に、言葉を遺したい。
(「生きていくあなたへ」はじめに、より)

私も一番したいことは対話だということにようやく、気がついた。それは建設的対話のことである。とはいえ、それは容易なことではない。ましてや年取ってからの対話と友情は困難極まる。だから、この新・老年()の鑑とも言うべき二人に出会えたことは半ば奇跡としか思えない。その二人とは高槻市の山本博樹さん(左側の人)、松本市の菅谷昭さん(右側の長老の人)。

)新老年とは何者か。それは次の意味である>つつしんで老年に告ぐ「老年よ、大志を抱け」





菅谷さんとのことは書き出すときりがないので、ここでは山本さんについて。
一昨年9月に、大阪府高槻市でやったチェルノブイリ法日本版の学習会(?懇親会。その報告は>こちら水戸喜代子さんのfacebook)で山本さんと会った時に記した感想を再掲する(詳細は後日、改めて解説)。

9月の高槻で、私は次のような話をした。
「生ける法」はどのようにして生まれるのか?
→それは、国家(議会や行政府)が制定するのではなく、社会生活の中で生まれるもの(市民が生成するもの)
 それは、市民の意識に支えられ、市民の現実の行動を支配するものとして見出される。
 それが「生ける法」。
 その結果、私たちは「制定される法」と「生ける法」との二重権力状態の中にある
→立法もまた、議員が採決する議会と市民が生成する社会の二重権力状態となる。
 この意味で、市民が生成する社会こそ法をリードする。


それに対し、山本さんの、教え子が「職務質問」を受けたお話は今まで聞いたことがないような鮮烈なものでした。また、その日の帰りしな、私に「生成法の話、面白かったで」という感想を聞かせていただき、ああ、そうなんだととても自信を授けて頂きました。その後、昨年3月11日に、兵庫県市川町のチェルノブイリ法日本版の学習会(その報告>こちら)に参加され、市民が作る放射能測定システムの可能性を紹介したとき、これにどんな反応があるだろうかと内心一抹の不安の中で、山本さんが「これはええ」というリアクションに、そうだ!と確信を授けてもらいました。ありがとうございました!

【第186話】もうひとりの新老年の盟友、大庭有二さんとの対話(26.3.15)

      2025年8月長野県松本駅(左が大庭さん、その右が菅谷昭さん) ◆ はじめに  以下を書きながら、なんでもっと早く、大庭さんが新老年の盟友のひとり=真の友であることに気がつかなかったのかと、己の鈍感力に無力感に襲われている。 ◆ 本論 大庭有二さんとは、子ども同士が、...